美しい猛毒
「有名なところでは、そうだね…カンタレラ、というものがあるよ」
「かんたれら?」
「そう。ルネッサンス後期のイタリア…ボルチア家に伝わる秘伝の毒薬」
「ねえ、知ってる?」
「あん?」
二人で過ごす夕焼けのなかで、腕の中の恋人が顔をあげた。
夜になると、違う姿に変わるから。
それでもそれは僕であることには変わりないけど、それでもこの姿で逢いたい。
…怒る?
そんな風に聞いてきた鴆の秘密の恋人(この場合は情人とでも言った方がよいのか、それでも昼の彼の姿を見ていると、どうにもそんな表現は似合わない気がして、少し気恥ずかしいこの呼び方に戻る)は彼の腕の中にすっぽりと納まって無邪気に笑っている。
小柄な身体は、鴆の腕の中に丁度よい大きさで納まる。この身体のリクオはどこか庇護欲を鴆に抱かせる。
夜のあの姿は頼もしい限りなのに、昼のこの肉体のはかなさはどうだ。
反してその心のしなやかさ、強靭さと鴆は知っているからまたリクオに惹かれる己を止めることができない。
そんな最愛の恋人が口にした、聞きなれない言葉に鴆は首を捻った。
「カンタレラ、だよ。今日教えてもらったんだ」
鴆くん、薬のことには詳しいでしょう?知ってるかな、って。
覗き込んでくる瞳に鼓動を跳ね上げながら、頭の中で繰り返す。カンタレラ、カンタレラ。
「…ああ、屍毒の一種だったか」
「知ってるの?」
「まあな…あまり海の向こうのことには詳しくねぇが…薬師一派としてはどんな毒にも精通してなきゃなんねぇからな」
「へえ…凄いなぁ」
幼い恋人の純粋な称賛に鴆は体温を上げた。こくり、とのどがなるのを誤魔化すように視線を泳がせてからその知識を披露した。
「屍毒ってぇのは、ヒキガエルの屍骸から採取すんのが普通だな。けどそのかんたれら、ってやつは少し特殊だったな。撲殺した豚の撲殺した豚の内蔵に亜砒酸を加える、ってのが伝承だ。」
「うえええ…ちょっと気持ち悪いね、それ。…でも本当にそんなんで出来るの?」
「…ちょっとこれだけじゃ無理かねぇ。文献によると、少し甘いみたいだし、酒に入れると味が良くなるって話だからな」
「…って鴆くん。もしかして作れるの…?」
「まったく同じかどうかはわからねぇけどな。多分できるぜ。むしろ」
「…?」
「そいつの効果は鴆毒と良く似てる。俺の体内の毒は俺の意のままにあやるれるから、効果の調整も可能だ。即効性だろうが遅効性だろうがなんとでもなる」
驚きに目を瞠ったのち、にこりとリクオは笑った。その一見無邪気な笑顔。
「…そう。そうなんだ。」
しかし声は、その笑顔には見合わぬ深さを持っている。ぞくりと背筋が泡立つ。無邪気に隠された残酷さ、それも鴆を引寄せるリクオの一面だ。
こういう声をした時のリクオは、鴆のかわいい恋人ではなく、絶対の支配者に変わり甘くも残酷な命を下すのだ。
「いいこと訊いたなぁ」
「…リクオ」
うん、さすが鴆くんだね。もし知らなくても作ってもらうつもりだったけど。
「…カンタレラ」
多分同じような効果がある毒くらいあるだろうけど。人間の身じゃ手に入れにくい。それに半端なものはきっと皆に解毒されちゃう。たから君の毒にその効果があるなら、完璧だよ。
「リクオ、」
「鴆君、君が死ぬ前に僕に毒を残していって」
「リクオ」
「即効性でも遅効性でも。どっちでもいいよ。でも必ず死ねる毒をね」
これは、命令。
「君の想いの全てをつぎ込んだ猛毒を。その強さで僕に示して」
君がどれだけ僕を愛しているのかって。
「裏切ったら、君の事なんて忘れてやるから」
夕焼けを背にリクオが笑って、鴆の体を侵していく。
まるで甘い毒を口に含んだみたいだと思ったときには、リクオの柔らかな唇が自分のそれを覆っていた。
至近距離で覗き込んできた金色の瞳に、意識を奪われてそうしてそっと鴆は瞼を閉じた。瞼の裏には、まさに毒を煽ろうとするリクオの姿が浮かぶ。その美しい誘惑にさからうことなんて出来ない。そう断じてリクオの柔らかな髪に指を差し込んで狂おしく引寄せて貪る。
それは、服従の仕種。己の望みの行く先を見たリクオは、唇をあわせたままゆるりと溶けたように笑って。
『きみの、きれいな毒をちょうだい』
ささやきは、吐息と共に流し込まれた。
どうして私が書くとこうも薄暗くなるのか。
そうしてタイトルは別に某ぼかろ曲からとったわけではアリマセンよ★
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