命の期限
「ぐ、…ッかは…ッ!」
「…鴆、無理するんじゃねぇ。ほらこっちだ」
ぼんやりと相手の顔が見えるくらいに落とされた灯りがともる暗闇の中から、ましろい手が伸びてきて、咳き 込む鴆を軽々と引寄せた。
その手の労わりの温度は、激しく咳き込んでいる弱った身には心地よいばかりだったが、鴆はそれを拒否しようと身をよじった。ただの咳であれば、喜んであるじに身を委ねただろうが、口元を押さえた手には濡れた生暖かい感触がある。
目で確かめなくても喀血してしまったのだろう。
その血に秘めた猛毒のことを思えば、彼に触れるわけにはいかない。
「…っ、は、いいから…ッアンタは離れてろ…!加減なんて出来ねえんだ、からよ…ッ!」
途切れることのない労咳のなか、必死でそれだけを言い放つが、それが良くなかったのかもしれない。ずくり、と体内になにかが差し込まれるような感覚がしたかと思うと、ごぼり、と喉元が鳴った。
「が…ッ、ぁ、は、はなれてくれ…ッ!」
ビシャリと盛大に血が零れた。ああ、この畳はもう駄目だなと考えたのは一瞬。ふと目にした東の空が白んできているのに気がつくと、鴆の声はますます逼迫し悲鳴じみたものになって室内に木霊した。
このまま、夜が明ければ、毒血に昼のリクオ…弱い命とはかない体を持った人間である彼をまみれさせかねない。
人間のリクオの身体は、毒に侵された鴆の体よりも更にはかない。
鴆の毒血に直接触れなくとも、そこから立ち上る毒の気配ですらその身を苛むのだ。
ただでさえ短い人間の寿命を、鴆の毒で削ることは赦せなかった。
「…まだ、大丈夫だ」
「何言ってやがる…!くそ、外を見てみろよ、もう東が白んできてるじゃねぇか!」
「あれは化け灯篭だ。最近やっと真面目に仕事をするようになりやがった」
「雲雀が…雀だっておきだしてきてやがる!…はやく、時間がねぇ!」
「あれは鵺だ。具合が悪いから聞き間違えやがったな」
「そんなわけ…ッ!」
鴆は鳥の眷属の妖怪である。自然、野に羽ばたく彼らにも詳しく、その声を間違えるわけがないのに。
あるじはろうたけた顔に、月のようなうつくしい笑みを浮かべて鴆の口をそっと指先で塞ぐのだ。
これで鴆の体があと少しでも動けば。その指先を振り払い、しなやかな体を突き飛ばしてでもこの猛毒から彼を遠ざけようものを。
それすら出来ない己の病んだ体に絶望感ばかりが募って唇を噛み締めた。
「…無理すんな。ただでさえ血を吐いてるってのにこれ以上傷を作るんじゃねぇよ…」
言葉に、は、と気がついた時には鴆の視界がひどく歪んだ。
強烈な睡魔に似た感覚が鴆を襲う。瞼を持ち上げるのもひどく辛かった。
「もう眠れ」
あるじの銀の髪のきらめきが目に焼きつく。銀糸を縁取る光が生まれたての陽光によるものだと鴆はわかっていたからこそ、離れてくれ、とそれだけを嘆願しながら鴆は意識を暗く深い眠りに沈めた。
意識よりも先に視界が眩んでしまったのは彼にとって幸福だった。
眠りに落ちる鴆の髪をすいたあるじの銀の髪が、柔らかな光を孕んだ金茶に変わっていたのを見ないで済んだから。
「…君の命の期限はどれくらいなのかな」
まだ少年期の澄んだ響きの声が、ポツリと呟いた。
幼げな丸みを残した指先が、己の膝に乗せた恋人の短い髪を柔らかく梳いた。
ひどく穏やかな空気。しかし余人が彼らの状況を見れば悲鳴をあげるかもしれない。白い寝具は紅く染められ、そこに横たわる男は上半身を中心にやはり血にまみれている。
膝の上に愛しげに男の頭を乗せている少年の夜着も同様に。
静かな室内は、病んだ血の香りに満ちている。
「ねぇ。君の期限は僕よりも短いのかな」
呟きながら少年の指先は男の口元に伸びて、まだそこに残る乾ききらない血を掬い取る。
体内から出た瞬間に酸化を始めるはずのその液体は、しかし未だに鮮やかに過ぎる紅い色。
途惑うことなく、少年はそれを口に含んだ。
…甘い。
そう感じた次の瞬間、込み上げるものを耐えることは出来ず少年は激しく咳き込んだ。
先ほどの男と同じ様。
「かはッ…ぐ、ふ…ッ!」
激しい波が過ぎた後、口元を覆っていた手を開いてみれば鮮血が滴り落ちて男の頬に落ちた。
紙のように白い顔をした、愛しい恋人。
「…ごめんね。辛いね…?」
必死に離れろ、と嘆願した鴆の顔を思い出す。彼の願いに反するように、少年は時折こうやって彼の体液を身に取り込んでいた。性交の際には、殊更に体内に彼の体液をほしがった。
体液の中には、毒は含まれないとわかっていてもそうせざるをえなかった。
体液に毒は含んでいないとわかっていても、それに触れさせることを躊躇う鴆が、リクオにそうさせているのかもしれない。
「ごめんね鴆くん、でも僕も辛い…。僕は殆ど人間だけれど、四分の一は妖怪だから」
どれくらいいきるものなのかわからない。
もし、君を失って、それでも生きるのだとしてもあまり長くはたえられそうにないんだ。
僕も、夜の僕も。
「でもねだったりしないから、これくらいは赦して」
何よりも、はかないからこそ貴重な己の命よりもリクオを大切に愛してくれる彼だからこそ。
リクオが本当に願っている言葉は与えてくれないと知っている。
それを鴆に口にさせることは、彼を深く傷つけるだろう。だからけして彼に願うことはないのだけれど。
「守ってあげるって言っちゃったからなあ…先走っちゃったよね夜の僕」
溜息。その決意は嘘ではないけれど、少しだけ後悔している。
「わがまま、言えなくなっちゃったし。聞いてあげるだけになっちゃった。だから、鴆」
眠る瞼に口づける。ひどく冷たいような気がして、泣きたくなってしまう。
「連れていってなんていわないけどね」
でも約束の期限は、君の命の期限まで。
だったら。
「僕を殺すのは君の毒」
それですぐに追いかけていくから。
少しずつこうやって毒を取り込んで、君への想いを募らせるみたいに。
「結局は君を傷つけるのかな」
弱る己を、鴆は見ることになるのかもしれない。
彼より先に命を終えるつもりはないけれど、完璧に欺ける程彼も甘くはないだろう。
「まあ、でも。守るって約束したのは夜の僕だし…。多少はね」
嬉しげに呟く詭弁、眠る彼が聞いたら怒り狂うだろう。
「恋人なんだからさ、君も。少しくらいは譲歩してね。…辛いだろうけど」
好きだったら、耐えて。
僕と同じくらいに。
「僕の命の期限は、君が決めてね」
大好きだよ。
溶けるように微笑んで囁いた。
恋人は眠っている。
ヘタレ鴆と男前リクオ…の…つもり…だったんですが…。ぎ。玉砕ってこういうことをいうんだよNE★
どうにもこうにもリクオさんが後ろ向きに前向きでどうしよう…。因みにこのお題シリーズのおふたりはそれぞれ別個設定で(笑)
なんにせよ、鴆が不幸なきがしま…す…!っていうかリクオさん中二び(ry)
…実際中学生ですけど、ね…!!!!
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