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新盤日和見天体図

立派な貴腐人になりました。よろずにまったり展開中。

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ハニームーン<過去ログ>

注!女ロイです!!!


ここにはいない、貴方達。


 鍵を差し込む。僅かな手ごたえと共に錠が開いた音がかすかにしたが無感動にロイはそのまま鍵穴に差し込んだ金属を抜き取った。金属製の重たい扉を無造作に開く。
『ちゃんと室内を確認してから扉は開けてください!』
 耳に染み付いている声は、ロイの能内で響くだけだった。痛いほどにその現実をロイは知っていた。
 扉の中に身を滑らせる。背後は振り向かなかった。ロイをここまで送ってきた司令部の部下は、アパルトメントの前で車を止めてロイを下すとそのまま司令部に戻っていたからその必要すらなかった。それをどんな教育を受けているのかと咎めるつもりはなかったし、むしろその方がありがたいのかもしれない。今ロイのそば近くには味方はないと言っても過言でない変わりに、差し迫った命の危険もなかった。ただロイがまだたどり着いていない思惑の中で、ロイはそれなりに重要な駒だと思われていることはわかっていた。だから、親友の命を奪ったような理不尽で恐ろしい力にロイの命が奪われることはない。これを不幸中の幸いと言っていいものかは悩むところだったが、それでも離れていかなければならなかった部下達に、自分の訃報を届ける危険が減ったことは歓迎しなければならないだろう。
 滑り込んだからだのあとにしまった扉を振り返り厳重に施錠する。これは体に染み付いた癖のようになっている。ロイが自発的に憶えた癖ではない、数ヶ月前までは常に傍にいた護衛官がしつこいくらいに繰り返してロイに覚えさせた癖だ。
『いいですか、あんたが強いのなんて知ってるけど、でも出来る限りの用心はしてくださいよ。俺がいつでもくっついていたいけど、残念なことにそれは出来ないんだから。自覚してくださいねアンタはものすごく強くておっかない焔の錬金術師であると同時に、可愛くて美人の俺の恋人なんですから!』
 俺が離れてる間にアンタになにかあるんじゃないかって考えるだけでどうにかなっちまいそうなんだから、少しだけでも俺を安心させて。
 そう、冗談じみた声で告げたくせに彼の瞳は見たことがないくらい真剣で、強がることも忘れたロイは深く頷いた。想われる幸せというものを噛み締めて、両腕いっぱいに捧げられたそれの上手な返し方を知らなかったから、せめて彼が望むようにと。
 そうして持ち合わせていなかった習慣をしみこませたというのに、その彼がいない。
 傍にいる、と言った同じ声で彼はロイから離れるとそう言ったのだ。
 ふる、と肩が震えた。東部ほどではないが、セントラルの秋ももう深まってきているのだ。そっと伸ばした指先に触れる硬い軍服の生地が硬くて、知らずと息が漏れた。去年は、あの東部で過ごした秋にはこんな冷たさを知らなくて済んだのに、彼がいないだけでこんなに。
 ぎゅう、と体を抱き閉める。いくら自分の腕で体を包んでも、いつまでたっても彼の大きな腕が包んでくれたようには温まらなくて、どんどんと体温が奪われていくようだった。
 膝に力が入らなくて、ふらりと体勢が崩れるのを情けないと思いつつも止められなかった。わかっている、彼が悪いのではないし彼は帰ってくるとそう言った。信じていないのではない、きっと彼は約束を守ってくれると知っている。それなのにこうやって一人の夜を悲しがって嘆くのは、自分の弱さに他ならない。
 どのくらいそうしていたろう。すっかり冷え切ってしまった体を、ロイは扉からようやく離した。そして背を預けていたそれに半身だけ向き直った。そうやって息を殺して数秒、聴こえてきた足音にロイは眼を見開いた。まさか、と思っているうちに足音はロイの部屋の前にまで移動してきた。疑いようのない気配に、ロイがドアに手をかけるのと、軽やかな声がするのは同時だった。
「ローイ、とりっくおあとりーと?」
 天使の声、とそう言ったのは親ばかな親友だった。確かにそう表現してもいいだろう、傷なんて一つもまだ見えない柔らかで綺麗な声が耳に届いた。
「エリシア!こんな夜中に…グレイシア、なにが…っ!」
 慌てて開け放ったドアの向こう、可愛らしい魔女の扮装をした幼い少女と、彼女を抱き上げる親友の妻を見つけて驚愕する。細い腕に抱かれた少女は、最近ではあまり見ないほどに上機嫌でにこにこと笑っていて、ロイはこの少女に降りかかった哀しみがすべて嘘だったような錯覚を覚えてしまい、不覚にもそれ以上の声を失って、ロイは立ち尽くした。
「ロイ、こんばんは」
「グレイシア…こんな時間に出歩くなんて!送っていくから、ちょっとなかに入って待って、」
「だめ!今日はエリシアは魔女なんだからおうちに入れちゃ駄目なのよ、ロイ!」
 するりと母親の腕から滑り降りた少女は可愛らしい声で高らかに呪文を唱えた。ロイの日常の中から消えて久しい出来事にあっけに取られながらも、それでも彼女らの身を案じる心は何とかロイに言葉を取り戻させたのだが。
「エリシア、あのね」
「そうよ、ロイ。この小さな魔女さんの悪戯は結構すごいんだから?ちゃんと選んでくれなくちゃ?」
「すごいの!だから選んでロイ!」
 ロイの焦りなんてまるきり無視して笑うグレイシアの顔が、親友のそれと酷似しているような気がして息が止まるような気分をロイは味わった。彼の血を引いているエリシアならまだしも、と言い表せない感覚がロイを途惑わせる。そうするうちに、いつの間にか伸ばされた幼い指先がロイの頬に触れて再び囁く。
『トリック、オア、トリート?』
 ロイにとって暖かい思い出しかない呪文。何の思いでもなかったそこに、暖かいそれだけを塗りこんでくれたのは、今はここにはいない彼と、今微笑みを浮かべて立っている彼女。
 小さな銀糸のルージュケース、ショコラの甘い香り。そっと唇に刷いた淡い色彩。甘い鼓動に、見開かれた青い瞳がたわんで、やがて与えられた甘い香も塗りつぶしてしまうくらいの、苦い口づけ。
 掠れる視界に見えた、金色の睫。
 暖かさしか、なかったあの世界。
 思い出して。
「ごめん、ね。エリシア…お菓子はないの」
 忘れていたから、何もかも。そう胸の中で呟いて、すぐさまに否定した。違う、忘れていたんじゃなくて知らないふりをしていたのだ、暖かさが今傍らにない真実を認識したくなかったから。
 自嘲することも出来ない弱さに少女の髪を撫でてやることすら途惑われて、ロイは手を握り締めた。
「それじゃあ、悪戯ね!ローイを魔女のお城にごしょうたいします!」
「エリシア、」
「お菓子がないなら、悪戯は受けなきゃいけないわ、ロイ」
「グレイシアそういうことではないんだ、私があなた達のところにいくことは出来ないわ、わかってるはずでしょう貴女には」
 きっとエリシアに触れられないのは、ロイの弱さだけではなく現実としてそうすることで彼女に迫る危険を、ロイが知っているからでもあり、そしてロイが知るのと同じように親友の妻である彼女が知らぬはずはないのだ。そう、その薬指に光る指輪にを外さぬ彼女に。
 だから、と告げるロイに、だからよ、と言葉遊びのようにグレイシアが返す。怒りに似た感情を憶えるのは致し方がないことでもあったと思う。ロイはもう有無を言わさずに彼女達を自宅の中に引きこもうとしたが、もう一度大丈夫だと言う彼女の声に動きを止めた。
「大丈夫よ、ロイ。今日はあの人がいるんだもの」
 還っているわ、そばにいるの。
「あの人がいるのに何か、なんて起る筈がないの。知ってるわ、だから大丈夫なのよ」
 ここにいるから、だから恐がらないで。
「一人で居ないで。お願いよ」
 ふわりと微笑む笑顔がやはり親友に重なって、唇を噛み締めるロイを、やはり優しい笑顔でそっとグレイシアは咎めた。彼女の右手は、幼い娘とずっと繋がれている。しかしもう片方の手には、可愛らしい、小さな籠が下げられていて、その存在にロイが気がついたのはそれを目の前に差し出されてからだった。
「貴方の魔法使いから」
 反射的に受け取ってしまったそれを覗き込んでみれば、籠の中に詰められていたのは檸檬色とソーダ色をしたおおきな丸い飴玉。ころころとしたそれは口に含むと頬が栗鼠みたいにぷっくりと膨れてしまって、滅多にロイは人前で口にしたことなんてなくて。素朴なつくりと味が幼いころから大好きで、でもそれを知らなかったように生きてきた時期すらあった。
 抱える業の凄惨さに、優しく甘いそれに触れることも許されない気すらしていたのを、いつの間にかそっと差し出してくれた。
 花や宝石、その能力や容姿に対する賛辞の言葉は幾つも幾つも捧げられた、それでも。
 こんな小さくて甘いものが似合うと、貴方らしいとそう言ってくれたのは、たった一人だけだった。
「彼の色ね、ロイ?…わざとなのかしら、これ?」
 覗きこんで問いかける言葉に、これを選んだのがグレイシアではなく彼自身だと知らされて、喉がつまる気分がする。そばに居られないから。追いつくまでは。そういって最後に彼を見送ることもなく別れてしまうしかなくて、見かけによらず頑固な彼とは彼が病院を移ってしまってからはそれから本当に一度も会うことがなかった。なのにこんな不意打ちをかけてくるのだ、まるで何処かで見ていたようなタイミングで。ロイが人知れず、押しつぶされそうになっている時に限って。
 それは触れられる位置に居てもいなくても、かわらないのだと知らされるのに。
「わかってなんかないわ、あいつは本当にこういうことは鈍感なんだから」
 ロイがこの二つの色が一番好きだと言った理由も気がつくことができないのだ、蜂蜜色の髪とソーダ色の瞳のロイの魔法使いは。
 ロイの言葉に、あらあらとグレイシアは微笑み、それを彼女に手を繋がれたエリシアが真似をしてふたりの笑いを誘った。実際、エリシアのその仕種は驚くほどグレイシアに似ていたし、それ以上に親友を思い出せた。
 行きましょう、とグレシアの優しい声と同時に差し出されたエリシアの小さな手をとる。ロイとグレイシアに手を引かれるエリシアは、柔らかな頬をばら色に染めて幸せそうに笑っている。銀色の指輪が光る左手は、きっと親友が握っているのだろうと、ロイは笑って歩き出した。
 そばにも居ないし、触れることも出来ないけれど自分の左手も彼に繋がっていることをもう疑うことはなかった。


 それがきっとこの日彼がロイにかけた魔法。


蜂蜜と、ソーダ色のまあるい飴玉の下に隠れた手紙を、彼女が見つけるのはもう少し先の話。彼女のたったひとりの魔法使いの、一番の願い。
 『笑っていて、俺の魔女』

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