夢でもあえたら
神様が夢の中に出てきて、明日一日だけなにか願いをかなえてくれるって言うからさ。
きいたんです明日一日だけかって。そうしたら神妙な顔をして神様は言ったんですよ。
過ぎたるは及ばざるがごとし、己の手で勝ち取った以外の奇跡というものはいつか己に跳ね返る。
だから頑張るお前さんにご褒美でも、一日以上の効力は約束してはやれないんだ、と。
夢なのに神様なのに妙に感心した。なんでもかんでも信じてれば、願えば叶うっていう神様はちょっと信じられない。
だからね、俺はこれだけ願ったんですよ。
『脚が動かないのを直してくれとは言いませんが、せめて一日でいい。この冷たい両脚を本当に温めてくれる存在をどうか明日一日だけでも』って。うん俺って控え目だ。
「それで私がこんな目にあっている訳か」
神様とやらは頭の螺子が1本飛んでいるようだな。
東部の田舎、この村でたったひとつのハボック雑貨店に最近国軍を退役してきた長男が戻ってきた。両脚が不自由になっていたが、小さいころから全く変わっていない。懐かしい。
そういって訪れる客はだいぶ落ち着いたけれど、それでもハボックは器用に車椅子を操って対応している。だがやがて客足が途切れると、ハボックはにっこり笑って振り返る。
すると、いつの間にかレジを置いてあるテーブルに、しなやかな黒い猫が、ちょこんとすわっている。細いりぼんにとおした小さな鈴がちりんと鳴る。
ハボックの笑みは深くなった。
「大佐、こっちに来て膝温めてくださいよ」
「……上官をこき使うとは」
驚いたことに猫の口から、凛々しい声が零れた。非常にシュールであるがハボックは全く気にした様子もなく、ぽんぽんと膝を叩いている。しばらく黒猫はじっとその様子を見ていたが、やがて我慢の限界が来たのか。
「し…仕方がないな!」
と照れ隠しのように叫ぶと、ひょい、とハボックの膝に乗った。
暖かい。膝にはひざ掛けとしてごく小さな毛布がある。それにハボックの体温が渡ってとても心地よかった。
猫…いや、ロイ・マスタングはくるんと丸くなって欠伸を零した。
「寝ていい、ですよ」
「…どうしてこう猫の身体、というのは眠いのか…せっか、く…久しぶりに会えた、という…のに」
語尾はひどく掠れていた。ハボックは途切れた音を惜しんで何分かは動かずに固まっていた。
膝の上の黒猫は、ゆっくりと腹を上下させて寝ている。
猫になった彼は、綺麗な体毛と尻尾を逆立ててどうしてかハボックの自宅の玄関前にいて。ハボックを見上げるとすぐさまに『私だ!』と叫んだ。
案外こういった不思議をすんなりと受け入れるタイプであったハボックは夕べのおかしな夢の話は本当だったのか、という気持ちだった。だからその根拠を、と問われすべてをロイに告げた。
ポカンとした顔はすぐにその後引き締められ(猫の表情なんてわからないのに、確かにそんな気がした)では今日一日はずっといられるな、と笑った(ようだった)。
「いちにちが終りますね、大佐」
楽しかった。この動かない膝に彼の体温を感じていると懐かしくて幸せでたまらなかった。
小さな頭についた耳を撫でてやる。心地良さそうにしている彼は、不思議にハボック雑貨店に馴染んだけれどそれが限界だった。
「ありがとう大佐、さあそろそろ時間だよ」
膝の上の、温かなそれに声をかけて促す。
もぞ、と動いたからだが段々と大きくなって、ほぼ人の姿に変わったのは瞬きの瞬間の間に。完全に元に戻った…と思いきや、ロイの頭に、黒い耳、と見れば長い尻尾まで。
『サービスじゃ』
そんな声が聴こえたような気がする。
なんだよ神様ってのは結構下世話だ、とか思っていると膝のうえにのっかっていた真っ黒い髪の毛の間の耳がヒョコ、とうごいた。
(あ、かわいい)
そう思ってカリカリと、近所の猫にしてやるみたいに耳を掻いてやれば案の定気持ち良さそうに表情を崩す。
もっとそんな顔見ていたかったけど時間みたいだ。彼の身体はすうう、と透き通っていく。
かれが帰っていくのかな、それとも俺の夢が醒めるのかな、どっちでもいいや、幸せだったし。
そっと身をかがめて、なめらかな耳にキス。人間の耳にも同じように。
「元気で、いてくださいよ」
無理しないでとは言わない。でもお願いですから、生きていて。
「あいして、ます」
絞るみたいに言葉にしたら、ぱちりと瞳が開いた。真っ黒い目。ひどいな狸寝入り?
瞬時に状況を把握したらしい大佐は、ば、と俺を見上げた。
そして下から伸び上がるみたいに顎先(髭が痛いって)こめかみ、そして唇に。
最後に俺をみてにっこり笑った。
「にゃあん」
ちょっと、愛してるって言ってくれないのかよ!
じりじりじりりん、と電話のベルで意識が覚醒した。なんともヘンテコな。因みにやはり俺の夢でしたか、そうでしたか。
ああ、でもいい夢だった幸せになるって信じられる。
さあ、けたたましく主張している受話器を黙らせようか、と膝からどかした毛布。
「!!!」
ちりりん、と音をたてて落ちた、細い紅いりぼんにとおした鈴。
じゃあこれは、と考える間にも電話は早くしろと急き立てるので仕方がなく受話器を上げた。
「はいハボック雑貨…大佐!?」
「言い忘れた。愛してるよ」
簡潔に言葉はそれだけ。
回線はそれで切れた。ええと他に言うことはないんかな、一応恋人なのに。
全く本とうにあの人は、仕方がないんだから!
「愛してますよ、こころから」
ささやきながら小さな鈴に口づけた。
それから、忘れずに。
神様ありがとう。
この記事にトラックバックする