このお話は捏造過多の未来死ネタになります。
そういったお話が苦手な方はお戻りくださいませ。
大丈夫だよとおっしゃる方はどうぞ。
誰も、気がつかなかったと誰かが言った。
しめやかに雨が。
古式ゆかしい日本家屋。
千畳敷、とまではいかないが十二分に広い座敷にひしめく者たち。
そのほとんどが異形。
しかし少しだけ混じる人型。それでも形だけは人型のものがほとんど。
すこうしだけ、本当の人が混じる。そのほんの少しの人の子は、触れれば切れそうな気を発している。
許さない、赦さない、ユルサナイ、ゆるさない!
人の子は全身でそう叫びつつ、黒装束に身を包んでいる。
室内は抹香くさい。こんなもの、あの陽だまりのような存在に似合うはずが無い。
しつらえられた祭壇の、そば近くでうなだれているのは彼の親族。
母親は、この現実にすっかりうちひしがれている。まだ不惑を五年ほど過ぎたばかりのはずだったが、すでにその気は枯れ果ててしまいそうだった。当たり前だ、彼女は愛しいものを理不尽にふたりも失った。
そうだ、理不尽に過ぎる。
長く伸びた黒髪を揺らし、きり、と唇をゆらは噛み締めた。
読経が耳につく。
その人を悼んで泣く声が腹立たしい。
いまこの場にその涙を流すにふさわしい者など、ほんの一握りしかいない。今こうなって泣くなんて。なんて身勝手。
「…だから妖怪なんて嫌いなんや」
ぽろ、とこぼれた呟きは悲しみに包まれた空間にいやに響いた。
ぴしりと空気が割れた。ぶわりと、妖気が膨れ上がりそれはゆらに突き刺さった。
だが今のゆらにはそれはさほどの意味は持たない。
今の彼女を揺らすほどの気を持つ妖怪はそうはいない。伊達に陰陽師の頭領をはってはいない。
周囲の妖もそれをわかっているのだろう。怒りに満ちた気を向けるくせ、誰もそれ以上の動きを見せない。
「ほんまに、あんたら最悪や」
知ってたけど。
言いながらゆらは式神を呼び出した。そして立ち上がると歩を進めた。
周囲の妖怪たちの悲鳴は聞く気もなかった。まっすぐ、眼に痛いほど白い棺に向かって歩を進める。
ここまで来て流石に幹部格の妖怪達が立ち上がってゆらを囲んだ。
「なにをなさる」
「なにをって。あんたらにこのままリクオの躯、渡したないの」
「馬鹿なことを」
牛鬼が怒りを孕んだ顔でゆらをにらみつけてくる。しかしその顔も、眼に見えて憔悴しているとなれば、ゆらはただ口元をゆがめて嘲笑するばかりだ。
「馬鹿なこと?あんたらのやることのほうがよっぽど馬鹿やと思うけど」
ぱり、とゆらの周囲の空気が尖った。
もう我慢も限界なのだと、語らずとも知れる。
ふわりとゆらは笑った。初めて彼とであったころはまだ子供だった彼女も成長し、牡丹のごとくとその美貌を讃えられる。
その顔が酷薄に歪む様はそれ自体が一種の毒のようなものだった。
この毒が、この場にいるすべての妖を殺してしまえばいいのに。
そう思いながらゆらは、声音だけはひどくやさしく囁いた。
「あんたらがリクオを殺したのに。なんでいまさらこんな風に嘆くん?」
この声よ、毒となれ。
「あの子は人間やったわ。あんたらのお仲間でもあったけど、人間やったの」
この言葉よ、刃になれ。
「あんたらみんなして、よってたかって人間だったあの子のこと忘れて否定した」
この悲しみよ、雷となれ。
「人間だったあのことのこと、当の昔に殺しておいて」
この怒りよ、焔となって。
「そうやってあの子の命を削っておいて」
彼を苦しめたもの全てこの世界から消し去ってしまいたい。
「なんでいまさら?あの子が動かなくなったからって泣くん?」
赦さない、その言葉ばかりが渦巻いて馬鹿みたいに体が熱かった。
「陰陽師どの」
「あんたらに、苦しむ権利も悲しむ権利もないんよ。そんな傲慢なこと誰が赦しても…あの子のお母はんがゆるさはっても、私はゆるさへん」
視界が歪んでいる。思考は恐ろしいほど冷たく澄んでいるのに反してぼたぼたと、熱い何かが両目からこぼれる。
邪魔やわ、こんなん、といくら罵っても止まらなかった。
泣いているのだ、と解って止められるものなら誰も慟哭することなど無いのだ。
それでもゆらは泣くな、と己に命じた。
「…それでもあんたら、恥知らずに悲しむゆうなら。ねえ、返して」
泣いては、いけない。きっと。
バリバリと空気を鳴らすゆらの式神たちはすでに力弱い妖怪たちをいくらか傷つけていた。やめて、やめて、とか細い悲鳴はどこか彼の声に似ていて、ああ、彼の母親が叫んでいるのだとゆらは認識した。けれどだからといって止められないとゆらは思った。
堪忍、とこころのなかでずいぶんと儚くなってしまった彼の母親に頭を下げる。それからもう一人。大きな眼をした面影に堪忍な、と囁いた。
たぶん、あんたはこんなこと欠片も望んでないやろうけど。
でも私は、どうしても。
「あの子、返して。人間だったあの子をここに」
それはゆらの心からの願いだった。しかしけしてかなえられないものだと、彼女とて解っている。案の定、周囲は簡単に凍りついた。
わ、と号泣が聞こえる。ああ、ほんとうに堪忍な。
でも、もう我慢ができない。
今まで無理な我慢を続けてきたのだ。彼がそうしろと笑って言うから。それはけしてゆらの望みではなかったというのに。
彼がそう望んだから。
「できへんの?ねえできへんのしょう?」
ぼろぼろと涙がこぼれる。ああ、泣くな、とゆらは言い聞かせる。泣いたらあかん、私にも泣く権利なんて本当はないのよ。
だってこうなるってわかってて、あの子のわがまま聞き続けた。
でも、だから。今度は私の我侭を貫きとおしたい。
「できへんのやったら…ねぇ。あの子の躯、うちらに頂戴」
言葉と同時、ゆらりと差し伸べた指先に従い式神たちが踊り出した。
「仏舎利よりも大事にするわ」
きっと何よりも尊く。
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