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新盤日和見天体図

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HOLD UP!!

前サイト10000HITキリリク ハボロイ


HOLD UP !!





これは、やばいんじゃないかなと流石に思う。

「ぜ、全員手をあげろっ!抵抗なんてするんじゃねえぞ、抵抗なんてしやがったらぶっぱなすからなっ!」
 おいおい、どもってるぞ実はチキンだなお前。
 時刻は午後二時。お天道様もそれはそれは絶好調に燦燦と地上にそのエネルギーを与えている最中だ。
 屋外にいればじりじりと肌を焼くその光も屋内に入れば、建物の影やら天井やらに遮られて届かなくなる。
 ハボックがふらりとこの銀行に立ち寄ったのも、懐が寂しかったわけではなく、冷房の効いた室内に非難したかったからなのだ、実は。
 白人種であるハボックの肌は実は日に弱い。長い冬の間に、強い日差しの刺激を忘れた肌は久方ぶりの紫外線の雨に悲鳴をあげた。一度日に焼けてほんのり小麦色になってしまえば大して気にはならないのだが、まだ春先といっていい季節である。
 冬の間に色落ちした肌は、白人種特有の抜けるような白さを誇っていて。ちりちりと項を指すその僅かだからこそ、神経に障る痛みに辟易していたところに、涼しげな室内が眼に入ってしまったのだ。
 そういえば今日は本当に久しぶりに取れた休日で、次にこうやって銀行に立ち寄れるかわからないな、と思って。
 くぐった機械仕掛けのガラス戸の先、待っていたのは銀色の拳銃。


 というわけで。
 当方司令部所属、ジャン・ハボックはただいま絶賛人質中だった。しかもご丁寧に、後手にきつく拘束された上に、こめかみにはふるえる拳銃がつきつけられている。
 あまりに振動するものだから、銃口がこつこつとそれなりの勢いで頭蓋に当たってけっこう、痛い。
「て、抵抗するとこいつの命はねえぞ!早く、早く車を用意しねえかっ!」
 きゃあ、と後方に纏められた人質の中から悲鳴があがれば、うるせえともう一人の強盗さんががなりたてる。かなり気が立っているようにも感じるが、場慣れしているハボックにはそれが精一杯の虚勢なのだとわかった。
 覆面の隙間から覗く口元は緊張に震えていて、犯人の気の小ささを伺わせた。きっと正体は気のちいさいチンピラと言ったところか、何を思ったか相当に金に困った事情でもあったのか。それにきっとこいつらは東部の人間ではない。先ほどから張り上げる声の中に、ハボックは数年前に一ヶ月ほど出向いた南方の訛りに気がついた。
 ああ、どおりで…ここでこんなことしでかすわけだ。
 ハボックが人質に取られたのはまあ、成り行きという奴だ。普通ハボックのようにガタイのいい、屈強な成人男子を人質に取ろうとは思わないだろう。この犯人も最初は女性行員を人質に取ろうとしていたのだが、火事場のなんとやらとでもいえばいいのかそれはもう激しい抵抗を受けてそれは叶わなかった。(ハボックとしてはこのままその女性行員が犯人をノックアウトするんじゃないかな、とか思ったりもしたが、それは紙一重で回避されてしまった)
 そこまではまあ、いい。その次に強盗さんの目に映ったのは、他の人質よりも格段に背の大きな金髪頭。
 言うまでもなくハボックである。女性行員が暴れている隙に犯人を何とかしようかと、妙に接近していたのもまずかった。ハボックの垂れ眼は本人不本意ではあるが時に彼を茫洋とした人格に見せてしまう。
 眼があったな、と思えば強盗さんはお約束通りにハボックに銃口を向けて叫んだ。
『そこのお前、大人しくしろ!』
 

 大人しく拘束されたのは、強盗さんは銃の扱いに関しては素人らしかったからだ。下手に飛び掛って闇雲に発砲されたほうが被害は甚大になりそうな気がするほどには。彼らが二人組みであったことも理由の一つだ。負けるとは思わないが人質を取られている以上、少々分が悪い。
 だがここはなんと言ってもイーストシティ。この街の軍事責任者(代行)はあの焔の錬金術師ロイ・マスタングだ。
殲滅戦の英雄と呼ばれた彼が、手塩にかけて育て上げた東方司令部の猛者たちはこの程度の小物など、こ一時間程度で片付けてくれるだろう。
 窓の外には、一報を受けた軍人や憲兵達が集まり始めていて、更にはガラスの壁の向こう、新たに到着した軍用車から降り立った軍人を見てハボックは更に肩の力をぬいた。
 ばたん、と音をたてて助手席から降り立ったのは良く知る樽腹の親友。
 ああ、あいつがきたんならだいじょうぶだ、と脳内で胸を撫で下ろす。何しろ友人はそのガタイに似合わずとても頭が切れる男だったから、このお粗末な事件くらい迅速かつ効率的に収拾をつけてくれるだろう、そう思い安堵する。
 が、その安堵は親友であるところのブレダの巨躯の影、後部座席から滑るように現われたその姿に全て奪われた。
 軍人にしてはやや小柄な体躯はしかし少しの恐れも知らないかのように、背筋を見事に伸ばし、周囲に散らばるどんな屈強な軍人達よりも内包するその力をうかがわせた。
 彼が後方に控え背を押し、あるいは前方で率いてくれるというのなら、どんな敵も打ち砕けるだろうと信じさせる、そんな天性の力を惜しみなく振り零すその姿。
 が、今現在のハボックにとってはそれは、もう恐怖以外のなにものでもない。
 思わず囚われの身であることを頭の中から綺麗に消し去って、親友を親の敵のように睨みつけてしまうほど。
 当のブレダといえば、当たりまえではあるがそこに人質としてまさか親友が囚われているなどとは思っていなかったのだろう。目をいっぱいに見開いて、驚愕を顕わにした後…あろうことか気まずげに視線を逸らしたのだった。
 それはそうだ。ハボック不在の間、上官をきっちりしっかりお守りしていなければならないというのに、よりにもよってこんな現場にやすやすと連れ出してくるなんて。
 怒りを籠めて睨みつけ続ければ、やがて覚悟を決めたように、ブレダは逸らしていた視線をハボックに向け、不機嫌絶好調のハボッックから怒気を向けられることの理不尽さを訴え始めた。
――仕方ねえだろ、そんなに睨まれても俺にはどうしようもなかったんだ!
――ブレダ…てめえ…!
――この俺にこの人が止められっと思うのか、この馬鹿ハボ!っていうかなんでてめえそんなとこにいるんだっつうの、おかげでお前この人が、
 ガラス越し、互いに血走った眼で訴えあっていたのだが。
「ッなんだこの野朗、その眼は…ッ!」
「――ッ!!」
 がつ、と頭部を襲う衝撃。くらり、と眩暈が一瞬ハボックを襲った。ずき、と痛みが走った、と思えば続いて生暖かい液体がつう、とこめかみを伝ったのがわかった。
「生意気な顔しやがるんじゃねえ、大人しくしてろ…ッ!」
 ブレダと共に登場した人物に気を取られすぎていただろう。目線での抗議は、殺気じみたものでもあったらしく、小心な強盗さんの繊細な神経を悪戯にかき乱したようで、結果ハボックは犯人が乱暴に振り上げた拳銃のグリップで頭部を殴打されるに至ったようだった。
 咄嗟に、自分の受けたダメージを分析するのは軍人としての習い性だ。くらりと揺れる感覚はしかし一瞬で消えて、残ったのは衝撃に割れた皮膚から熱い血液が伝うなんともいえない感覚と、伴うひりつく痛み。
 大した傷ではないと判断した次の瞬間、ぞわッと背筋に走った感覚。それは恐怖に近い。
 しかしハボックにとっては馴染み深く、更に言えば、愛しいといっても過言ではない、それ。
 やばいな、と思ったのはなんに対してだったのか。
「…東方司令部、副司令官、ロイ・マスタングだ。地位は、大佐」
 ガラス越しにであるから、くぐもって聴こえるはずなのにその声はやけにクリアにハボックの耳に届いた。
 え、と思い顔をあげればハボックらと外部を遮っていたはずのガラスの壁が跡形もなく消失していた。唖然としてしまうハボックの頬を名残のような生暖かな空気が撫でていく。
 先ほどから立ち居地を変えていないロイを見れば、その白い手袋に包まれた手をひらり、と揺らめかせながら笑った。
 壮絶な、その笑み。
…やばい。
 ハボックの脳裏で激しく警鐘が鳴り続ける。
「焔の錬金術師とも呼ばれているよ。お見知りおきを。…ところで、」
 ああ、なにあざとくそんなところで言葉切ってるんですか、大佐。
 そんなハボックの内心の叫びなど知らぬ顔で、ロイはそれはもう見事な笑顔を貼り付けたまま、眼の前でいきなり溶けて消えた、ガラスのあった場所を呆然と眺めている男に声をかけた。先ほど、グリップで強かにハボックの頭部を殴りつけてくれた男だ。
「そこで立っている君?」
「ッな、なんだ、」
「君が拘束しているその金髪。じつは東方司令部の現役少尉でね」
 なに、と強盗さんがたが気色ばむのをにこりと笑って見守るロイは相変わらずの秀麗さだった。にこりと笑む様は、捉えられている女性行員が恐怖を忘れて思わず見入ってしまうほどだった。
 だがハボックにとっては、それはただただ恐ろしい。
 それなのに、この危機感をちっともわかっていないらしい強盗さんは、殊更に声を高くして、それがどうした、軍人だってんなら好都合だこいつばらされたくなかったらさっさと車を用意しろ、などと言い放つ始末だ。
 さらには押し付けた銃口でがつんとハボックの頬にもう一度一撃をお見舞いしてくれた。
 その瞬間、気温が間違いなく二、三度は下がったとブレダは後に語った。
 ロイの表情は、動かない。それはそれは美しいカーブを口元に描いたまま、ただその眼が。
 身も凍るほどの怒りを湛えてそこに。
「早くしろって言ってるのがわかんねんのか、おらあッ!」
「あああ、やめろってお前!」
 興奮する男に囚われの身でありながら、思わずハボックは声をかけてしまった。本当は弱いからこそこうもギャンギャンと喚きたてていることも充分にわかるからこそ、できるだけ刺激しないのが得策だとはわかっていたが、このロイの怒りを眼にしてはそうも言っていられなかった。
 だがどうにもこうにもこの強盗さんはにぶちんさんらしく、ハボックの努力を打ち砕こうとでもいうかのように、ついにはうるせえ!と一括すると、手にした銃の引き金に指をかけようとした。
 混乱した末の、軽慮だろうがそれが彼らの命運を決定付けた。
「なッうああああああッ!」
「ああああああああ…だから忠告してやったってのに…」
 さめざめと嘆くハボックの目前、真っ赤に融解してまるで水あめようになった鉄をその右手に纏わり突かせた男が悶絶している。
 真っ赤に溶けた鉄は、男の皮膚をも溶かして、肉の焼ける嫌なにおいが鼻をついた。自業自得とはいえそれはあまり気持ちよいものではないのだ。
 しかも、突き刺す殺気は微塵も弱まってはいないから尚更。
「…それと、それは私の気に入りでもあるのだよ。いいかげんに」
 ひい、と悲鳴が聴こえて、背後でじゃきんと銃を構える音。他の人質のほうにいた男が、恐怖に耐えかねて、一見無防備に見えるロイにに攻撃の矛先を向けたのだろうけど。
「ぎゃあッ!」
 同じ結果になるのは、火を見るより明らかだろうにそれすら理解できなかった男の無様な悲鳴を聞きつつ、ハボックは頭を抱えた。
 見れば、ロイの僅かに後方、ブレダも同じように頭の痛い顔をしている。同じ様に苦悩を感じている同僚を攻めるのはお門違いだと理解しつつ、それでもハボックはブレダを恨みがましい顔で見るしかない。
 なぜなら。
「私の犬を返してもらおうか」
 にこりと、慈悲深さを装いながら、その実、完全に戦意を喪失した相手に追い討ちをかける気満々の、上官兼恋人の怒りの裏側、感じさせたくなんてなかった痛みを感じさせた不甲斐なさを自分のうちだけでは処理することが、その時はできなかったからだ。
 理不尽で身勝手な八つ当たりだとはわかっていたが。
 とにかく。
 そんなわけなのだから、全ての現況となった、間抜けな強盗さんにはとりあえず痛い目にあってもらおうと、ハボックはずんずんとこちらに向かって歩を進めてくる上官に道を譲ると、その場に座り込んで眼を閉じた。
 聴こえてくる悲鳴だとか、こう骨がいっちゃったような奇妙な音はいっさい遮断して。
 煙草が吸いたいと、強烈に思いながら。
「ばか、あほ、まぬけ、うどのたいぼく、とうへんぼく、役立たず、そーろー」
「!ちょっと、アンタ最後のはききずてならんっす!」
「なんか文句あるってのか、この野朗」
「………いえ、でもちょっと…」
「五月蝿い黙れ、この甲斐性なし」
 包帯がずれるだろうが。
 ぶつぶつといいながら、白い指先がこれも又白い包帯をくるくると器用にハボックの頭に巻いてくれている。床に食説座り込んだハボックの正面、膝立ちで手際よく(口では盛大に罵詈雑言を吐き出しながらではあったが)傷口を処置してくれている恋人の腰を、罵られながらも丁重にハボックは支えている。邪魔だのなんだのぐちぐち言いながらも、丁寧に丁寧に包帯を巻いてくれている恋人の少しでも傍にいなければいけないと、わかっていたから。

 結果としていってしまえば、白昼の銀行強盗による被害は、大変に小さなものだった。軍の公式記録には『負傷者3名、うち一名は偶然現場に居合わせた東方司令部所属の少尉、犯人に身柄を拘束された際に、暴行を受け頭部に軽傷を負ったものである。二名は強盗犯本人で捕縛の際に負傷したものであるがこちらも軽傷である――』のように残るのだろう。
 実際には軽傷とは言いがたい状態である。溶けた鉄、犯人の皮膚もその高温で焼けただらせ、鉄の塊と腕が一体化したようになっていた。その手を再び自由に機能させようとすれば、思い切って切断の上、機械鎧化させなくてはならないだろう。
 だがそれこそ自業自得というもので、命があっただけもうけもの、と思ってもらわなくてはいけない。東方であればこそ命があったが、それが他の支部であれば容赦なく犯人射殺、で幕を閉じたろう。
 
「たーいさ、だからスイマセンってば」
 司令部では些細な事件だったとはいえ、事後処理でてんやわんやだろう。それなのに元々非番であったハボックはともかく司令官であり、思いっきり当事者(犯人にとっては加害者に違いなかったが)でもあるロイがこうやって早々に自宅に引きこもれるのはひとえに、アイスブロンドも麗しい、美貌の女性仕官の鶴の一声だった。
 現場に駆けつけた彼女は、解放されたハボックとその隣に不機嫌全開で立つロイをその琥珀の瞳に収めた途端。
『ハボック少尉、マスタング大佐を自宅にお送りして。それからそこでそのまま待機してなさい。休暇は返上、あなたのに任務はこれより明朝まで焔の錬金術師のメンタルケア。異議は認めません』
 と非常に的確な指示を男前な口調と共にいただき、恋人に引きずられるように自宅にお持ち帰りをされたわけで。
 そして今の状況に至る。
 先ほどから愛しい上官は容赦なくハボックをこき下ろしているのだが、治療のために体を密着させているような状況では、こころを隠し立てすることは不可能に近い。
 ただの他人であれば可能でも、なんと言ってもハボックとロイは恋人同士という奴なのだ。お付き合いしてもう数年になれば、なにも言わなくても相手の感情を察することもできようもの。
 ハボックは常にロイの感情を慮る癖がついていたし(これがハボックを犬と言わしめる最大の要因だ)ロイも長い紆余曲折を経て、ようやく心を少しずつさらけ出すようになった。
「…お前は、私のものだろう」
 愛してるよ、とか好き、だとかいう言葉は実に男前にロイは何度もハボックに告げてくれる。それが嘘だなんてハボックはけして思わない。浮いた噂の絶えないロイだったが、誤解させるようなそんな軽薄なリップサービスはしないとこういった関係になる前から知っていたからでもある。
 そんなロイに好感を持ったことがハボックにとってのそもそもの始まりでもあったのだし。
「はい。だからすいません」
でもロイは愛の言葉は囁いても、その裏に必ず存在する不安だとか、痛みだとか。そういったものをさらけ出すことはなかなかしてはくれなかった。
それをもどかしいと思わなかったといえば嘘になる。けれどハボックは無理にそれを聞き出そうともしなかった。傷や不安を全て暴くことだけが、愛情の証とは思っていなかったからだ。
そうやってそれでもゆっくり。二人で過ごして、それはもういろんな感情を知って(恋人はかなり破天荒な人間であることは確かだったから、ここまでの恋人生活は波風立つなんて可愛らしいものではなく、竜巻や台風に襲われた時期だって存在した。今でも思いだすだけで背筋が凍って涙ぐむ瞬間だってある)
そんな二人だからこそ、わかるものも伝わるものもあって、ハボックは静かにロイを腕の中に抱き寄せた。ぎゅう、と抱きしめてその胸に顔を埋めれば、ロイが詰めていた息を吐いてハボックの金色の髪に頬をすりつける感触。
「…あんなやつらに」
「あ~…耳がいたいっす」
「お前は私の犬なのに」
「そこはせめて恋人って言ってくれませんかね」
「私は構わんぞ、公衆の面前でお前のことを私の愛しい恋人だから手を出すなって宣言しても」
 ああ、いいなそれは。そうすればお前に言い寄ってくる人間も減るだろう、この『私』のものだと知れば。
「勘弁してくださいよ」
「…この甲斐性なし」
 だまっていれば本気でロイはそれをやりかねないと、止めに入るのは部下として当然だ。ロイもそのことを理解していて、それでも今日の出来事が引っ掛るものか声が暗いのだ。
 これで、ごめんね、と囁いてしまうから甲斐性無しとハボックは言われてしまうのだろう。わかっているけれど、それでも言ってしまうのは結局、ハボックはこの年上の、強くて弱くて優しい恋人に甘えているのだ。
「ごめんなさい」
「お前は私のものなのに」
「はい、アンタのものです」
「私以外から傷をつけられるなど」
「すんません」
「たまには自由にさせてやろうとリードを外してやればこれだ」
「ずっと繋いでていいですから」
 心底思う。繋いでいて、自分は全部あなたのもの。
「愛してます」
 告げればびくんと体が跳ねて、それから少々強く短い髪を引かれる。頭皮に感じる痛みに、禿げたらどーすんですか、と訴えてやっと解放される。
「お前、むかつく。そういえばなんでも許されるとおもってないか」
「ノー・サー。けしてそのようなことは」
 ただ結果としていつもそうなることは知っている。だって本当にロイは優しいからだ。そんな事を言うのはお前だけだと、いつか呆れ顔で言われたけれどハボックは心底そう思っている。だって。
「…もう、いい。ハボック」
 今夜はずっと私の傍にいるように。
 と、それだけで今日の出来事を、恋人としては収めてくれるのだから、彼はやはり優しい。(上官としてはきっとちょっとばかり痛いお仕置きをされるのだろうけど)
 だからハボックはそのまま愛しくて堪らない恋人の体をそっと横たえる。ちらりと柔らかなベッドのことが頭を掠めたけれど、それを口にする前に伸びてきた手に引き寄せられて口づけられた。
「ここで、いいの?」
「…お前がすぐにほしいんだろう?」
 それでも、と問えば強気に返される。それはまあその通りだったので、ハイ、と頷く。
 そして言葉通りにくらい突こうとした矢先に囁きが。
「…愛犬が怪我をするところを見せられて私は傷心なんだ」
 とても恐い思いをしてね。
 艶めかしい視線でそんな事を言われて、血が上るやら、下がるやら。なんともいえない感じにしゅんとなってしまうが、すぐに頬に柔らかく口づけられて浮上する。
「だから恐いことなんて忘れてしまうくらいに抱くように」
 挙句、告げられたのがそんな言葉では。
「…わん」
 こう答えるよりなくて。
 次の瞬間には笑み崩れる人に精一杯の愛情を籠めて口付けながら、あの時本当にほしかったのは、煙草じゃなくてキスだったのだと、ようやくハボックは理解して。
「あいしてるよ、わたしの犬」
 囁く声には今度は同意で『わん』と鳴き、溶けそうな愛撫でこたえることにした。


【了】

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