先天性女ロイ連載ものです。苦手な方はご注意くださいませ。
ACT/1
窓の外は朝日がまぶしいほどに世界を染めている。
朝露を青々とした葉にまぶした木々も、目に鮮やかだった。
心地良い朝だ。こんな朝を迎えられた日は、一日何か幸せな、良いことが起きるような気がするものだ。
そんな何もかもが新しく清々しい朝の中、白く大きな寝台の上に横たわる人物だけが、酷く痛々しく眉を寄せていた。
遮光カーテンの隙間から漏れる光が、顔にでもさして、その眠りを妨げているかと思えば、寝台の配置は差し込む光の位置をきちんと考慮にいれているようで、その人物の身体には僅かにも光は当たっていなかった。
だが現実にその人物は何かを疎ましく感じているかのような…何かから必死で逃げようとしているような、そんな顔で横たわっている。
「…う、んっ…いた、」
いたい。 寝台の上に伸ばされていたすらりとした手足が徐々に曲げられて、最後には寝台の上、小さく丸く身を抱え込む形になる。
それはまるで小さな子供が身を護るような仕種だ。恐い、痛い、かなしいと。
助けて、と叫ぶけれど誰にも振り向いてもらえなくて、どうしようもなくて、ちいさくちいさく丸くなって、自分で自分を抱き締める、そんな痛々しい仕種。
「…っ、くぅ…っ」
実際に、彼女はその秀でた額に薄らと汗を浮かべて柳眉を寄せている。そんな様から何かしらの苦痛を感じているのは明らかだった。
良く見れば、彼女は下腹部を特に庇うようにして丸まっている。ぎゅう、と固く閉じた瞼は時折痙攣していて、彼女の覚醒が近いことを知らせている。
「うう…っあ、ああ…っ!」
ついに彼女のその唇から、小さな悲鳴が漏れた。
それは痛々しい仕種と、そして寄せられた眉とあわせて、今彼女が感じている苦痛を示している。 悪い夢でも見ているのだろうか、更には閉じた瞼の下から透明な涙が一筋流れた。
一度溢れてしまったそれは、次から次へと溢れて彼女の白い、すべらかな頬を伝い落ちてシーツに小さく染みを作った。その光景は本当に痛々しくて、もし余人がこの場にいれば、迷わず彼女のその身体を揺さぶって、覚醒させて、彼女を苦しめている悪夢から救わずにはいられないだろう。
だがしかし、ここには彼女以外誰も存在しておらず、彼女を救う手は現われない。
パサパサと、艶やかな黒髪を打ち振るたびに乾いた音がする。そうやって襲いくる悪い夢をも払おうとするような仕種だ。 だが彼女の表情は晴れることはなく、捉えられた夢から抜け出せずにいる。そしてとうとう彼女の唇が、たすけて、と小さく綴る。
だが誰も、彼女に手を伸ばせない。
「いや…いた、あ、あああっ!」
びく、と大きく身体が引きつって、甲高い悲鳴が彼女の唇から放たれた。悲痛なそれは、朝日の差し込む寝室を引き裂いて壁に反響する。
ふる、と身体を震わせて、固く閉じられていた瞼が薄く開かれた。現われた瞳は、涙の膜をまとって泉に沈んだ黒い宝石のようにも見えた。
未だ意識が夢から解放されていないのだろう、開かれた瞳はただぼんやりと天井を映している。夢の余韻か、呼吸も少し荒かった。
「…ッ、ク……」
その荒い呼吸の合間、震える唇から零れた音を聞き取るものはいなかった。だがその音が引鉄になったかのように、急速に彼女の漆黒の瞳は光を取り戻す。
はたはたと瞬きをすれば、瞳を覆っていた涙が押し出され、再びそのすべらかな頬を伝っていった。
「つめた…」
一言そう呟いて彼女はそっと瞼を下す。そのままじっと数秒動かずにただ、体を寝台に横たえていれば、窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてきた。
窓の外は快晴だ。きっと今日は一点の曇りもない青空が、一日彼女のそしてこの町の人々の頭上に広がるのだろう。 青い、青い空だ。 澄み切ったそれは、黒煙と粉塵にまみれたあの赤黒いものではない。朝露に洗われた大気は、涙と悲鳴とたくさんの血に湿った、あの地のものではない。
ここは、あの悪夢の地ではない。
あの狂気の地から自分は戻った。
生きて。
この痛みは、もう過去のもの、自分は戻ってきた、大丈夫、だいじょうぶ。
「夢、だ…」
ほろりと零れるような呟きをもらして再び瞼を押し上げた。寝室は溢れる朝の光が差し込んで暖かく明るかった。
ほう、と、息を漏らして身体を起こすと、身に纏っていた夜着が、じっとりと汗で湿り肌に張り付いて不快だった。
不快感に眉を顰め、シャワーでも浴びようかと寝台から脚を下しかけたその時、下腹部に走った鋭い痛みに、くう、と僅かに声が上がってしまった。
そこは夢に囚われていた先ほどまで、無意識に庇っていた部位だった。震える細く白い指先が、何かを確かめるようにそこを撫でる。
「……っ…」
と、何かを感じ取ったのだろうか、ようやく光を取り戻していた漆黒の瞳が、一瞬にして悲哀に染まった。
そのまま何かを耐えるように俯くと、瞳と同じ、短めの漆黒の髪が彼女の表情を隠してしまう。
だから、彼女の唇がかたちどったその名前を、窓の外から伺う小鳥すら知ることはなかったのだ。
勿論、その名の持ち主も。
「…、ッ………」
助けて、と縋るように漏らされたその声を、彼女しか知らない。
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