時が止まったみたいに動かなくなってもう随分たったんじゃないだろうかと、白いシーツに横たわるふたりは思った。
久しぶりにシーツを洗った今日は晴天。一日中良く晴れて、太陽が沈んだ今は星がきらきらと瞬いている。月も出来すぎたくらいにまん丸で、灯りなんてつけていないのに目の前の人の顔が良く見える。
シーツからは、石鹸の匂いとお日様の暖かさ。
横たわるだけで体中を温めてくれる。極上の心地よさ、本当なら体中の力を抜いて、欲求の赴くままに目をとじて柔らかな眠りの世界に飛び込んでしまうくらいなのに。
それをしないのは、目の前にじいっと自分を見つめる恋人の瞳があるからだった。
そうしてその恋人の瞳が自分と同じように、揺れているから瞬きすることすらもったいなくて、出来ない。
青白く月の光がふたりを隔離している気がする。まるで。
世界におれたちしかいないみたい。
ハボックの呟きにロイはかるく目を見開いてどうしてと思う。どうしてこんな時ふたり同じことを考えるのだろう。あんまり不思議だったから、ハボックにその疑問をぶつける。不思議を不思議のままいさせることが出来ないのが錬金術師の悪い癖だ。
でもそんなロイをハボックは責めもせず、変わりにどうしてでしょうねと真剣に考える。
節目がちになった青い瞳を金色の睫が覆っている。
ああ、金色の檸檬みたいな綺麗な色だと、何のてらいもなく思った自分が、気がつかないうちに、手遅れなくらいに目の前の男にいろんなものを奪われているのだと気がついて、どうしようもなくてため息をついた。
それをきっかけにふたたび青い瞳がロイを捉える。
たぶん。
うん、たぶん?
先を促すと、静かに大きな彼の手が、指先を包んでくれた。ほんの少し自分よりも冷たいはずの彼の指先にほんのり感じた体温にびくりと身体が反応する。息を飲んだロイを見つめるハボックの青い瞳が先ほどよりも色を深めたのに、彼が静かにロイを求める心を深めているのを知り、瞳が滲む。
いいえ、きっと。
きっと?
いいかえて、確信を強めて。
あなたがおれのものだからでしょう。
応えに息を飲む、まだからだも重ねていないのに、そんなことをいう。そんなことがあるはずがないのだと、否定できないのは浅はかな希望が胸を占めているからだ。だってそうだ、写したように同じ根拠が、私が所有されていることにあるのならば。
それならば。
はい。
唇が緊張に乾く、裏切られないだろうと思うのにそれでも恐れるのは、私が大人という生き物だからか。力は強くなってつかめるものも多くなるのに、その代償に生まれた時には体中に詰っていた暖かいものをなくした大人だから。
それでも、そんな愚かさの中にも一つ輝くなにかがほしい、それがあればきっとこれから。
ここから幸福に生きていける、たとえあなたをいつか失くすのだとしても。
お前も私のものだというのか。
言葉がロイの唇を離れたのを待っていたかのように、荒々しい口づけがロイを襲った。
停滞していた時は動き出して、願うがままに初めて手に入れた熱に、声をあげて絡めとられて落とされる。理性なんて無かったみたいに乱れて、苦痛になるくらいに注がれて暴かれて。
あなたがはじめに、俺を奪ったのに。
そう、囁く声をこそ楔のように感じながら、はじめて抱かれた。
ブラッドレイ夫妻。
それはもう過去になったお話。
娘は、少しばかり出自の良いだけの女だった。
その出自が当時の自分には重要で、軍人の家に育った娘も、いずれ自分の婚姻が自分以外の意志に強制され利用されることを、幼いことより言い含められてきたのだろう。
拒否の言葉は無かった。
しかし埋め込まれたあの、ヒトと同じ温度を持つ石の効果か、人の機微を感じることの出来ない自分に、顔を真っ赤にながら頬を打ってきた。
自分にそのようなことをする人間は、この娘だけだったので婚姻を決めた。
告げれば、娘は大きな瞳を瞠って後微笑みながら諾と頷いた。
それにあまりに迷いが無かったから、くだらないことを聞きたくなった。
――私は、化け物であるがあなたはそれでよろしいか。
含めた意味を、娘は理解できるはずも無いだろう。最後に生み出されたホムンクルスである私は、人を素として生まれたところから他の『兄弟』達とは決定的に異なり、しかし同じように身の裡に娘のその華奢な体など簡単に飲み込んでしまう黒い汚泥が詰っている。
だが。
――あなたが、どんな化け物かは存じ上げませんが。
――わたくしは、女という魔物ですのよ。
とこの世の穢れを何も知らないという顔で告げる。
そうしてその白くはかない指先をそっと重ねながら笑うのだ。
その日から、娘は化け物の傍らにあり、そうしながらもけして枯れることも無く化け物と同じように歳を重ねている。
その事実に、いつかの言葉は真実だったのだなと笑えば、娘時代と変わらぬ笑みをあのころよりも皺を刻んだ頬に浮かべ、今は妻となった娘は、
――わたくしたちが似合いの夫婦ということなのでしょう。
そうささやきながら、指先を重ねるのだ。
寄り添うことを許しただけの存在。
それだけの。
02 冥界の龍
「…龍が眠っていると」
聞いたことはないかね?鋼の。
「…錬金術師が文学者気取るもんじゃねえって知らねえのかアンタは。ったく頭に虫がわいてるようなこと言ってじゃねえよ」
「龍は比喩だ。力であったり野望であったり、命そのものなのかもしれないな。そしてその龍は一人ひとりの体の中で眠っている。誰もが必ず持っている」
興味ないとばかりに、覗き込んでいた本からようやく金色の子供は語りかける大人に視線を向けた。
夕暮れ時、東方司令部の彼の執務室の中だった。今日は本当に珍しいことにエドワードが弟をここで待っている。いつも弟をここにおいて飛び出していくのは兄の役目だった。
けれど今日はその弟が狩り出されてしまった。なにやら司令部の奥の貴賓室(そんなところがあったなんて初耳だった)にある年代ものの花瓶が割れてしまったらしく、その修復を頼まれたのだった。そんなら俺が、というエドワードの提案は弟を呼びにきた金髪碧眼の煙草好き少尉に却下された。
垂れた眼をしやがって言うに事欠いて、『大将は絶望的に悪趣味だから駄目だ』だそうだ。
よっぽどアンタのほうが悪趣味だろうがよと言ってやろうかと思った。
だってそうじゃないか。悪趣味もここに極まれり、だ。
「そしてときどき龍は目を醒ますんだ。それは様々な形で人の背を押す。どんな姿で現れるか誰にもわからない」
「人の中に寝てるつっただろうがアンタ」
「眠っているさ。中にね、けれど形になっても現れるときく。龍が形になって現れれば私達は必ず判別できる。出来るが、しかしその時はそれと気がつかないかもな。後になって思うのだよ、ああ、アレがそうだったのだと」
「くだらねえ」
「そうかね?そんなことを言うが君は既に龍を解き放ったじゃないか」
夕暮れ時。大きく背中に窓を背負う、悪趣味な錬金術師の顔はエドワードにはわからなかった。
「あの日、あの時。君達に禁忌を囁いたのはなんだった?」
ざわりと背筋に走ったのは悪寒か、それとも激昂だったのか。
なあ、少尉。アンタって本当に悪趣味だよ。
まるで世間話をしているかのような声でこんなことを言う、男を選んだのだから。思考はひどく冷静に、そんなことを呟きながらも意識しない指令で両の手は合わされて、生み出される青白い光。
「…なにを気をたてている鋼の。この物騒なものをはやくしまってくれないか?第一私は君の上官だ。この行為だけで君は監獄行きになってもおかしくないのだよ」
「逆鱗っていう言葉知ってっかアンタ」
「生意気をいうな鋼の。早くどきたまえ」
頚動脈の真上。悪趣味と銜え煙草の少尉はしめしたが、形はともかくその本質をまさに才覚無比に錬成することにかけては、超一流であるエドワードの鋼の腕から伸びた鈍い光を放つ切っ先が、ひたりと当てられている。
だが表情を見せない大人は、肌を切り裂くような殺気の中にあってその発生源である鋼の錬金術師をまるで子猫と対峙しているように扱うのだ。
人差し指が無造作に鋼の刃を押した。
「君の腕と脚を奪ったのは真理。君の弟の肉体を奪ったのも。だがそれは結果だろう…君に錬金術を使えと、人体錬成を思いつかせたのは…なんだ?」
夕暮れが、闇に変わる一瞬に光ったものはなんだったろう。
「思い出してみろ…そうは難しくないだろう、なんせそれほど昔のことではない」
簡単に鋼の腕が押し戻される。エドワードの眼前の男はゆっくりと両腕を組みなおしてその上に顎を乗せる、何時ものポーズをとる。表情は、今度は落ちかかる闇に閉ざされて見えない。
けれど、瞳が。突き抜けんばかりに自分を真直ぐに捕らえていることがわかって、エドワードは逃げ場を失ってしまう。よろ、とたたらを踏んだことも気がつけない様子で、催眠術に囚われたように過去を振り返る。
脳裏には、大量の画像。
錬金術師であるからそ野記憶力は群をぬいていて、もしかしたら脳内に蓄えられた画像は常人よりも多いかも知れない。
それを丁寧に、しかし急激な速さで捲っていく。
一番古い記憶。誰も信じないが乳飲み子のとき、見上げた母親が自分を挟んで父親と軽いキスを交わしている。物心ついたときから両親のそんな行為は一度も眼にしたことがないから、この記憶が乳児のころのものだとエドワードは理解している。
一番多い記憶。笑っている母親。泣いている赤ん坊の弟。少ないけれど確実に存在している父親。…錬金術書。
錬金術。
どうしてだか読み上げることも理解することも容易かった分厚い本。暗号とも思わずただ自然にくみ上げていった知識。生み出された理論、笑いかける母親、笑っている笑っている笑って。
笑って動かなくなって。
『母さんを、造ろう』
どの瞬間にその言葉を?
「あんたら電気もつけずになにしてんすか」
「っ!!」
パッと白い光が視界を焼いて、暗闇に慣れ始めていた瞳に痛みを感じてエドワードは目を閉じた。
「ハボック。もういいのか?」
「ええ、さすがアルですね~。大将と違ってもう殆ど完璧に治してくれたっすよ!中将もこれならいいだろうって」
「そうか。すまなかったなアルフォンス。助かったよありがとう」
「いいえ~僕でお役に立ててよかったです」
ゆっくり眼を開ければ、既に先ほどまでの闇はなく白々しいまでの光が全てを浮き発たせていて、その現実についていけずにhぼんやりとしてしまったエドワードを心配げにアルフォンスが覗き込んでくる。
「…っ、アル」
「待たせちゃってごめんね兄さん。結構複雑なつくりの花瓶でね?なんだか東の遠い国からのものらしいんだけど、色合いがとにかく微妙だったんで」
「ああ…」
「完全にって訳にはいかないね。ああいうの。くっつけるけど違うものになっちゃうんだ、良く似た別物」
「……別の」
うん。同じ材料でも同じ形でもなにかが違ってくるんだ。
改めて呟く弟の冷たい鎧の頭を大きな手が軽く叩いた。
「そうだな、アルフォンス。お前サンに骨折ってもらってなんだけどな…結局一度壊れたものを元に戻すってのが無理なんだな」
そういうもんなんだ、だからきっと価値があるんだろ?
「うん、そうだね少尉」
素直に頷くアルフォンスに明るくハボックが笑いかけている。その様子をただ黙ってみている様子のロイからは先ほどまでの、暗く底のない沼のような感じは消えていた。何時もの、不適に笑っている焔の錬金術師だ。
「兄さん?そろそろ戻ろうか?おなかすいたよね?」
珍しく静かな兄に優しい声をかけるアルフォンスにそう促されてようやくエドワードはロイから視線を外すことが出来た。いつの間にか肩には過ぎる位の力が籠められていたらしい。
緊張が緩んだ瞬間にくらりと眩暈がするくらいだった。
「おい、大将!大丈夫か?」
「・・・、あ、ああ」
よろめいたところをハボックに受け止められた。見上げれば、空色の瞳が気遣わしげにエドワードを見やっていて、それに心配ないよと告げた瞬間に、総毛だつ様な悪寒を感じて思わずエドワードはハボックから身を離した。
「…大将?」
気遣わしげに覗きこむ水色の瞳の色は変わらないはず。
「自己管理がなってないんじゃないかね?鋼の?」
かかる声も、何時もと同じ。それなのに、どうしてかエドワードの神経をひどく圧迫している。
これは、なんだ。なんだ、いやだ、気持ち悪い近づくな、来るな、この感じは碌なことがない、これは危険だ危険だ危険だ、だって俺はこれに、奪われた。
逃げろ。
「・・・ッうるせえよ、用が済んだんなら帰るぞ!行くぞアル!」
「え、ちょっ兄さん、なに・・・っもう、あ、大佐に少尉!お世話になりましたっ」
ぐいと、有無を言わさぬ力で腕を掴んで傍若無人に退出しようとする様子を、アルフォンスは兄の何時もの癇癪だと思ったのだろう。焦りはするがそれでも何の疑問をもつこともなく、兄の代りにと室内の大人ふたりに律儀に挨拶をする。
アルフォンスは気付かない。それは彼の体が何の感覚も持たない鋼の鎧であるから。もし彼がその身を失っていなければ気がつくことが出来ただろう。
彼の腕を掴むエドワードの掌にびっしりとつめたい汗が浮いていたこと。振り返らないその理由も。
そしてすぐに兄の背中を追うように振り返ったから、自分達を見つめる黒髪の男の唇が音もたてずに囁いた言葉を知ることもなかった。
人工の光に照らされて明るい室内。それでもそこに確実に存在する温く暖かいからこそ底の見えない闇の中央。
『…私に囁いた龍は君達だよ』
かつて自分達が犯したものと酷似した罪に怯えるエドワードに、感覚を持たない鋼の体の弟は気がつくことはなく、ゆっくりと重厚な扉が閉まっていく。
そして禁忌に怯える子供の去った室内に、とうの昔に罪人に成り果てた、おとながふたり残されて。
閉ざされた扉の向こうで、眠る龍の声を金色の子供は聴いた気がした。
龍がまどろむその闇は、人間の血肉の奥に。
あたたかな冥界のなかでそれは啼く。
氷の檻
狂乱の後、余韻を惜しむように密度の高い空気が室内に満ちている。
熱い吐息を零して、男が恋人の黒髪に口づけた。さらりとした感触が唇に触れてそれが心地よくて、更に鼻先を埋めるようにする。
「…くすぐったい、ハボック」
「えへへ~大佐の髪ってほんとさわり心地がいいんすよ…もうちょっとこうさせてて?」
歳下の恋人の特権を駆使するかのように甘えた声を出す男に、黒髪の恋人は小さく吐息を一つ。それすら自分に対する愛情の表れだと男は思っていたからひるむことはなかった。
その男の思い上がりともいえる行動に考えるところがないわけではないが、間違ってはいないので黒髪の恋人は殊更に大きく息を吐き出すだけで男の希望を叶えてやる。
結局、歳下の恋人に甘いということだし、ここでごねられると困るな、という個人的な事情もある。
「大佐?」
案の上、朴念仁の癖に嫌なところだけ勘の働く歳下の恋人は、何かを察したのか先ほどの甘えきった声を少し硬いものに変えて声をかけてきた。
「なんだ」
形になるほどの不審ではないだろう、何事もないように応えてやれば、あっさりと疑念を引っ込めた。ロイの、歳下の恋人であるところのハボックはロイのマイナス感情に敏感に反応する。
だが今回はロイのマイナスに運ぶようなことはなく、むしろロイにとって楽しい…望むべきところのものだったからだろう、首を捻りつつも追求はしないことにしたようだった。
どこまでも忠実であろうとする、恋人の誠実さが可愛くて同時に少し哀れにもロイは思った。
「…ホラ、いいからいい加減シャワー行け、お前汗臭い」
「汗臭いって…あんたいきなりムードぶち壊さんでくださいよ」
「五月蝿い、お前の暑苦しい胸板にぎゅうぎゅう押し込められてはかなわん。いつまでもそんな状態では不快にもなる」
「不快ってあんた、何言ってんすか俺の体大好きなくせにー、いまさら純情ぶっちゃっても」
「ハボック?」
優しげな声でしかし目は笑っていないロイに、言葉がすぎたことを悟り両手をホールドアップの状態にしてごめんなさいと素直に謝る。
しかしもう少し引っ付いてたいという彼の主張はあっさりと却下されてしまう結果になった。
じゃあ一緒に、などというお誘いは当然のごとく更に恐い微笑で却下された。こうおなっては手も足も出ないと、ハボックはすごすごとシャワールームに向かおうとベッドから脚を下した。
ペタペタと寝室の入り口のドアに手をかけた。
「ハボック」
丁度廊下にでようかというときに呼び止められる。なんですかと、寝台の上を見れば、ロイがシーツにうつぶせた状態で顔だけをハボックに向けて、たまらなく甘い顔で笑っていた。
「今日はお前いい子に出来たからな、私は今日はこのまま寝るから」
する、と白い指先がさしたのはベッドの横においてあるダストボックス。その中に入っているものを思い浮かべ、ロイの言うところを理解したハボックが瞬間沸騰し顔が真っ赤に染まる。
「お前、私の匂い、好きだろう?待っててやるから早いところ石鹸のにおいさせて戻っておいで、このままでいるから凍えないうちに」
「…っイエス、サー!」
「ちゃんと耳の後まで洗ってこいよ?」
アンタ俺の母親ですか、と応える声はもう随分と小さくなってロイの耳に届いた。普段はことの後には身を清めてしっかりと夜着を身に着けて眠りにつくロイを知っているから、一晩中何の障害もなくロイの肌を感じられると言うことはハボックにとっては随分と嬉しいことなのだ。
もっとすごいことをいくらでもしているのに、そんな他愛もない事で嬉しがる恋人がロイは可愛い。
…本当に心の底から可愛くて堪らない。
「うん、今日は本当にいい子だったよ、ハボック」
笑いながらす、と手を伸ばしダストボックスの中から、目的のものを取り出す。柔らかく白い紙に包まれたそれをそっと開くと、つい先ほどまでハボック自身に覆いかぶさってロイの中に侵入していたものが、ぽつんと存在していた。それに付着している白い液体をロイはいとしそうに見つめる。
「…まだ、生きている…ふふ、今日は久しぶりだったからきっととても元気だ」
うっとりとささやきながらサイドチェストの中から取り出した試験管の中に、そっと、白い液体、恋人の精を落とし込んでいく。あらかた採取が終るときつく蓋をして、再び引き出しの中から取り出した紙にさらさらと錬成陣を書き込んでいく。
やがて書きあがったそれの中央に置かれた試験管。ロイが触れると小さな錬成光が起こりそれが静まると、試験管の中はまるで凍り付いてしまったかのように真っ白になっていた。
「今はまだ眠っておいで?幸運なことに君達が必要になるのはまだ先のようだから、その時になったら起こすから」
そっと丁寧に試験管を布にくるむロイは微笑んでそれに話しかける。
「可愛い子達だ…アイツの、命」
その顔はひどく幸福そうだったし、実際にこのとき彼はつかの間の幸福と安堵を味わっていた。
「…いつか私が君達を起こすときまで、眠っておいで」
けれど、凍ったそれを胸に抱いて囁く声は。
けして幸福に満たされることはなく、ただ虚ろに喪失を恐怖していた。
恐怖を、防衛するのが本能。ならば私のこの行いは、理から外れる者ではないだろう。仕方がない、失えばいきていけないのだから。失えない。失わせない、その手段はここにあるのだから。
遅ればせながら、70000打キリリク『月光蝶』系列のお話、です。
鋼でハボロイ、しかもマスタングさんが両性体で吸血鬼というトンでも設定のおはなしでしたが本人とても気に入ってい作品でもありますので今回かけてよかった!
しかし途中を飛ばして、結末のお話になりました。個人的にはとても幸せにしたつもりです。
拙い話ですが、星樹様に捧げます。
70000HITありがとうございました!!!
新刊 『偽装愛姫』 A5/P100/¥1000/鴆×昼リクオ(一応)シリアス
本文サンプル
SCC<東4ホール/き 30a/カペラ
・ぬら孫既刊『金枝玉葉』『チョコレート誘拐事件』(コピー残部少)
・鋼既刊『LOVE ACTUALLY』(コピー再録/新書p224)と『恋詩』(パラレルコピー)
…と、多分黒子のバスケの黄瀬×笠松コピー本を…!!!この熱いパッションを止められないんです
という感じで持って行きます!!!本人いますのでどうぞお気軽にお立ち寄りくださいませwwww
バレンタイン企画その2、ぬら孫(鴆リク)です。
ちょっと趣味に走りすぎました(笑)
チョコレート誘拐事件
「???どうしたの、つらら?」
そんなに慌てて。
まだまだ寒さが引かぬ、如月の朝。
今日は休日だというのにいつもどおり、普通の中学生よりも大分早い時刻に奴良リクオは目を醒ました。
同時に、いつもと我家の気配が違うことに気がつく。
それこそ生まれて十と有余年暮らしてきた我家だ。少しの違和感にもすぐに気がつく。
しかしその正体までは見もしていない人間のリクオにはわからない。
なので、ごく自然の成り行きとして、彼は側近であり今は学友として一緒の中学にも通っている雪女に声をかけた。
が、彼女が返してきたのはまったく予想もしていなかった言葉。
「あッ!!!!若ッ起きて来てはなりません!!!というかはやくにげ」
「にげ?」
なにやら切羽詰った様子でどうも穏やかではないことを叫んでいる。
はっきり言って気になる。内容もだったし、不自然に言葉を途切れさせた彼女の様子も。
「つららぁ、どうしたのー」
「ようリクオ。邪魔してる」
「…!?鴆くん???」
からりと良く滑るふすまを開けるとまず、馴染みの男の声がリクオの耳に飛び込んできた。
けれど銀の髪を短く刈った彼の姿は見えない。どこに、と周囲を見渡す前にリクオの前に大きな翼が広がった。
…なんて、綺麗。
翼は音もなく広がると、ひどく柔らかな風邪をリクオの頬に贈り、元の位置にかえる。
ようやくその姿全てを目に映すことが叶ったそこには、えもいわれぬ羽色の、大きな鳥。
羽毛は、今までにリクオが目にしたことのない色だ。碧かかった紫というのか、しかしその上にうっすらと銀を刷いたような不思議な光沢。
朝日にキラキラと、しかし静かに光るその美しさ。でも、これはきっと夜にこそ最も映えるはず。
「丁度よかった。お前が早起きで助かった」
まだ寝てたら起こしに行かなけりゃと思ってたから。
その声には、とリクオは意識を取り戻した。
「って…鴆くん???鴆くんなの?」
「ああ、お前はこの姿は初めてだったか」
「初めてだよ!ふわぁ…すごいねー」
どういった仕組みなのか。目の前にいるのはあの男の形を少しもとどめてはいないのに、はっきりと彼だとわかる、声もあるかもしれないが、彼の醸し出す空気が、なによりもその存在を鴆だとリクオに伝えていた。
「わかってもらえて嬉しいぜ」
「え、だって…」
低い彼の声が本当に嬉しそうに告げるに、リクオは思わず頬を染めた。
間違えるわけがない、彼を。そんなあたり前のことをうれしがってくれる彼がまたリクオは嬉しくて恥かしく、ぽおっと頬を染めたのだが。
「わかーっ!!!!そんな男にだまされちゃいけませんようッ!!!わからないわけがないじゃないですかッ!見てくださいよ、そのクソ鳥の羽毛からでてる毒!!!」
「そーですよッ!そんなえげつない毒撒き散らすのなんて鴆鳥しかいないにきまってますよおっ!!若っ危険ですから早くそのアホ鳥からはーなーれーてーっ!!!」
「つらら、首なし…ちょっと君たちね」
流石にそれは言いすぎだよ、別に毒なんて。
そう困ったように言いながら微笑むリクオには見えていないのだ。
少し離れた部屋の障子に身を隠すようにしている(実際隠しているのだが)雪女と首なしの後。
丁度リクオから見えない位置には、果敢にも鴆に挑んだリクオの側近達が泡を吹いて倒れているのを。
中にはいかにもやばい感じで痙攣を起こしているものすらいる。
しかしそのすべてはリクオからみることは叶わない。
雪女と首なしは、狡猾な鴆に呪詛を籠めた視線を送った。
が、当の鴆はそんなふたりに対し勝ち誇ったように、その変化したことで長くなった首をすいっと持ち上げるとリクオの掌にすり、と頭を押し付けた。
「うわぁ…鴆くんすべすべ…」
ほにゃ、とリクオの頬がさらに崩れた。鴆の美しい羽毛はびっしりとはえ揃っていてリクオの手に今まで感じたことのない心地よさを伝えた。
その感触をもっと味わいたくて、リクオは恐るおそる口を開く。
「あの…イヤだったらいいんだけど…あの」
「なんだい」
「あの、鴆くんもっとさわってもいいかな」
「だめなんて言うわけないだろ」
「ありがとう!わぁ…」
ぱっと喜色を浮かべたリクオはまだ柔らかな指先をそっと鴆の顔に寄せる。少し戸惑いをのこしたそれに許しを与えるようにもう一度頭を押し付けると、彼はそっと鴆の頭をなでた。
ほう、と感じ入ったような吐息。
「あったかい…ふわふわ…」
気持ちいいもの、かわいいものを好むのが女子の特権と思ってはいけない。
人というものは、えてして美しいものに心奪われる性質で。それはリクオも例外でなく、すっかり美しいだけでなく触り心地、ついでに言えば抱きごこちも抜群の鴆の本性に逆らうことなど出来ない。
因みに只今リクオは、雪女も首なしも見たことのないような溶けたように柔らかな笑みを浮かべて、鴆をその腕のなかにぎゅうっと抱きしめている。
鴆。本体に戻ったらリクオの腕にジャストサイズだった。
このやろう、ときりきりきりと唇を噛んで首なし、雪女が世にも恐ろしい顔で鴆を見ている。
それに鴆はふふんと鼻で笑うと(ように見えた。鳥の姿なのでわからないが)すり、とリクオの首筋に頭を寄せた。
丁度リクオの耳朶のしたあたり。ここで囁く声は彼らには届かないだろう。
そう、このために鴆はわざわざこんな姿でこんな時間に奴良本家に乗り込んできたのだ。
「…リクオ、なあお前がよければ今日一日こうやってお前の行火になってやる」
きょうは調子がいいからよ。鳥の体温は高いからお前も暖かいだろう。
「今日は一日一緒にいるんだ」
「…え…、でも」
鴆の声音が恋人のそれに変わっていることに気がついて、リクオはうろたえた。しかも言葉の内容を考えれば、途惑うのも仕方がない。
彼の言葉のうちを汲めないような関係ではもうない。
え、え、と途惑っているうちに、鴆の体の輪郭がぼんやりとしたと思い瞬いた次の瞬間には、腕のなかにあった暖かな身体は見慣れた美丈夫に姿を変えていた。
「俺の屋敷に来いって言ってんだよ」
いいか?と甘く瞳を眇める鴆に、まだ幼いと言っても過言ではないリクオが勝てるわけがない。
そういう意味で、リクオを育てているのは鴆なのである。
まったくもって育て甲斐がある、というのは鴆の言葉。
さて、普段意識されることは少ないが確実に美形に入る鴆の顔が至近距離にあって、普段密事でしか使われることのない声音でリクオに囁き、そうしてその両腕は既にリクオの膝下と、肩に回っている。
つまりは既に世で言うところの姫抱きの体勢に鴆は持ち込んでいる。
あとはリクオが一つ頷きさえすれば、このまま若紫を連れ去った源氏の君のごとく、鴆はリクオを己の領域に連れ去って放さないだろう。
それはリクオもやぶさかではない。だって今日は学校は休みだし。
それに妖怪には関係ないかもしれないけど、それなりに特別な日。
「理由、教えて?」
ひそりと囁く。こんな日にこんな風にやってきたってことはって期待してもいいのかこたえがほしい。
じっと見上げると、きつい印象の瞳がふわっと笑う。
リクオは再び頬を染めることになった。
「今日は、ひとの世界じゃあ意中の相手に贈り物をする日らしいじゃねえか」
まったく考えただけでぞっとする。お前を慕っている妖怪、いや人間も含めるとその数なんて頭が痛くなる。
俺はそんなに気長でも度量が大きいわけでもねえんでね。
「俺の恋人には手出しされたかないからよ」
それどころか三度頬を染め上げたころには、もう息も絶え絶えでこんな寒い日だというのに粋に着崩された彼の着物に顔を埋めるはめになったのだ。
「手前の懐に隠しに来たのさ」
暖かくリクオを閉じ込める腕。
もう、頷くしかリクオに残された道はなく。
数瞬の後には、リクオの身体は鴆の呼んだ瑞雲に乗せられて宙の上。
リクオさまぁ、と呼ぶ声にはごめんね、と心で呟いて。
見上げた恋人の頬に、小さく口づけた。
ハッピーバレンタイン!
用意したチョコはお預けだけどゆるしてよね!
END
お付き合いいただきありがとうございます!
こんなんですがバレンタインフリーとさせていただきますので、ご自由にお持ち帰り下さい。
サイト名、PN表記のみしていただければサイト掲載等もご自由にどうぞ!
バレンタインものと五万打企画を連動してみました!
五万打企画にてリクしていただきました、『唇よ熱く君を語れ』
続編のハボロイINバレンタインです。
鋼の世界にバレンタインはないなんて気にしない!
守ってやる
脅威を打ち払い、ふたりの朝のこと。
「オラ!何今更隠そうとしてやがる!この俺の目を誤魔化せると思ってんのかぁ?!」
朝日と共に、恋人は姿を変える。
頼もしくも恐ろしい百鬼夜行を統べる怪しい姿から、あどけなささえ伺える稚いと言っても過言ではない姿に。
「ちょ…ッ!ちょっとまってよ、鴆くん、いた、いたた…ッ!!」
「うら!やっぱり怪我してんじゃねーか!ほらはやくしねぇか!」
ふたり、まだ肌を合わせたことはない。
リクオの恥じらいというか焦りも尤もなのだ。しかしこうれでいて鴆も相当の気力を消費している。
リクオは奴良組の正統な跡継ぎだ。その他大勢と同じに捉えてよいはずがない、というのが側近達の意見で鴆もそれに対しては異を唱えることもない。
よってリクオの治療は薬師一派の長である鴆が行う。その権利を鴆は他に譲る気はなかった。薬師一派としての矜持もあったが、その大方のところは愛しい恋人に自分以外のものが触れることが我慢ならないのだ。心が狭いと言いたければ言え。
惚れこんだ相手がいるのなら、見栄を張ることなど愚の骨頂である、とうのが鴆の持論だ。
命みじかき恋せよ乙女…ではないが、妖怪として異常に短い彼の命数がその決意に影響していないといえば嘘になる。
ともあれ、こういう理由で今現在鴆はリクオの治療を施そうとしているわけなのだが。
先にも述べたとおりに、ふたりはまだ体を重ねたことがない。ほんの少しのきっかけがあれば、ごく自然にそういった行為をすることは可能だったろうが、それよりも多大に途惑うことのほうが鴆には多かった。
その第一がリクオの外見の幼さだった。
人間は妖怪よりも短命なのに、成長するまでにそれなりに時間がかかる。その生の短さを思えば、驚くほどに。妖怪であるからほんの瞬きの間といえなくもないのだが、事情が事情だ。
元々鴆は気長なほうではない。しかしそんな鴆の短気を抑制するほどにリクオの身体は幼い。
とうの昔に元服を迎えた鴆を向かえるには、少しばかり成長が足りないと思う。
その威風に誤魔化されがちだが、夜のリクオだってまだ身体は出来上がっていない。
(それはそうだ、同じリクオなのだから)だから、鴆は実はリクオの肌を拝んだことは、ない。
しかし今回傷を負ったと思われるのは、彼の上半身。聞くところによると、戦闘の最中に配下の妖怪をその腕の中に庇ったらしい。
愛刀をかざす間もなかった、相手の得物はかろうじて側近の刃が防いだが無理な加勢では完全な防御はえられなかった。
勢いを殺しきることが叶わなかった刃は、リクオの肩口の肌に亀裂を入れた。
無論、その輩は既にこの世界から姿を消した。
「ったく!何のための薬師だと思ってやがる…!夜行にもそうそう同行できねぇんだからこれくらいさせろってんだ!」
「ごめんって…!でも…ッ!」
「でももだってもねえってんだろう!ほら…ッッ!!!」
心配半分、怒り四半分。後は照れやらなにやら入り混じり。勢いをつけなければ、自分の理性の脆さに負けてしまいそうだったので、殊更強引に(怪我人にするには酷な強さだったと思う)リクオの纏っていた着物を肩から引き下ろして。
息を、飲んだ。
「…だからちょっと待ってって言ったのにさ」
恋人の拗ねたような、諦めを多分に含んだ声がどこか遠くに聞こえる。しばしその声に反応できなくて無意味な時間がなg晴れた。永遠にも感じる数瞬が過ぎた後、鴆はようやく顔をあげた。
「…そんな顔をするから、見せたくなかったよ、鴆くんには」
どんな顔だ、とは声にならなかった。
そんなものリクオの今の困ったような哀しんでいるような顔を見れば良くわかる。
「こんなになってやがったのか」
やっと鴆の唇から漏れたのはそんな言葉。いいながらそっとリクオの白い肌に指先を伸ばす。
白く、まだ華奢な体躯。その胸元から腹にかけて袈裟懸けに走る刀傷。…これは牛鬼に切りつけられたものだろうか。
その舌。腹部には鋭利な刃物を真直ぐにつきたてたような幅の短い傷。
肩口に新しい切り傷。
「…ほかも見せてみろ」
「……。」
静かに、有無を言わせぬ口調で告げれば、リクオはゆっくりと着物を肩から落とした。隠すところのなくなった上半身を鴆は確かめる。正面から見える傷をすべて確認して、それから背面へ。
胸と同じように背面にも大きな傷が多い。
今回のような怪我は初めてではないのだろう。逃げたために負った傷ではないことは誰に聞かずともわかる。
「…ごめん」
リクオの小さな声が聴こえた。途端、怒りにも似た感情が溢れ出し、鴆は目の前の幼い体を引き倒して取り押さえた。
己の体躯の下に、あるじを閉じ込める。
「ごめんね鴆くん」
なにを。
何を謝るのだろう、この子供は。
「そんなに辛そうな顔をしないで。僕は平気だよ」
その言葉を鵜呑みに出来るわけがないのに。今の人の世で、これほどの傷を体に刻むことがどれほど異様なのかは流石に鴆でも理解できる。
昼のこの幼い子供は、その身に秘めた四半分以外はただひとだ。
「俺じゃねぇだろ、お前が」
「鴆くん」
そっと柔らかな指先が鴆の唇の動きを止める。言葉を禁じられて、それでもと見つめた瞳は朝の光に染められて蜂蜜のように柔らかく光る。甘く、鴆を赦している。
「僕は君の三代目だろう?」
今更、本当に今更リクオから奪ったものの大きさに慄く鴆に優しく彼は笑いかける。柔らかく鴆を撫でる。暖かく抱きしめる。悲しく囁く。
「悪いのは僕なんだから、そんなに悲しがらないで」
「馬鹿野朗…」
君が辛いと僕も辛いのに、でも嬉しいと思ってる、だから君は悲しがらないで。
「馬鹿野朗、そんな言葉で誤魔化されやしねえよ」
あんまり年上の男を侮るんじゃねぇ。
傷の理由は策略だなんて、そんな陳腐なもので片付く筈がない。
そんなものは鴆がリクオから奪ったものと等価になどなるはずがない。この小さな体に刻んだ傷の対価をどうあがなえばいいのか。
「辛いのはお前だろうが」
どの口が言う、と激しく自嘲しながらも口に出来たのはそれだけだった。こうなるのを望んだ張本人はほかでもない鴆だ。
いまさら、その傷を目の当たりにしてこれほど動揺する自分が情けなくて仕方がない。リクオが見せたがらなかったのもわかる。自分をこんな境遇に追い込んだ本人に後悔されては、彼の立つ瀬がない。
リクオの嘆きの行く場所がないのに。
「辛くなんてないよ。君を手に入れたから」
それだって。それだってそうしなければ鴆はリクオのものにならなかったからだ。今だから昼の彼も愛しいといえる。だがあのころ、三代目にならないと言ったリクオを、鴆は否定している。
「鴆くん、鴆。余計なことは考えるな」
頬を挟んだリクオの両手に逃れられないように固定されて、視線を絡められていた。幼げな顔は人間のそれなのに、鴆を絡める視線は百鬼を統べるそれになっている。
「守ってやるって言ったでしょう。君はそれだけ信じていればいい」
「リクオ」
「君は僕が守ってやるから」
「リクオ、だがよ…」
続きは言わせてもらえなかった。幼く不器用な唇が鴆のそれを塞いだからだ。
「君は僕だけを愛していればいいんだ」
君だけが叶えられる僕の望みだよ。
かなえて。
密やかに囁かれた言葉。
愛しいのだと、知った。愛しいから心がこれほどに軋むのだと。
愛したからこそ悔やむのだと、そんな鴆の厚顔も傲慢もたった一言で赦した恋人がただ、愛しい。
だから鴆も誓った。そのはかないからだ、強い心。四半分の血、残りの人の血。全てを愛して、そして。
「守ってやる」
二度と傷つけない。
それがふたり、初めて肌を重ねる始まりだった。赦されて、貪る肌の柔らかさに溺れる。
すがり付いてくる腕に、強く抱きしめて。唇に感じる柔な新しい皮膚を吸い上げ、ふさがらない傷口を舐める。
舌に感じる血の味。
人の血。
貫く瞬間、愛しいと囁いた声に、泣いた恋人の顔を鴆は生涯忘れないだろう。
守ってやるは原作ではリクオ→鴆の名言(笑)でしたが、ここらで一発鴆にも攻めとしての…甲斐性って奴を…ですね…(玉砕って言わないでわかってる!!)とりあえずお題シリーズはここで完了です。おつきあいありがとうございました!妙な短編ばかりでごめんなさいでした…(いや全く)
命の期限
「ぐ、…ッかは…ッ!」
「…鴆、無理するんじゃねぇ。ほらこっちだ」
ぼんやりと相手の顔が見えるくらいに落とされた灯りがともる暗闇の中から、ましろい手が伸びてきて、咳き 込む鴆を軽々と引寄せた。
その手の労わりの温度は、激しく咳き込んでいる弱った身には心地よいばかりだったが、鴆はそれを拒否しようと身をよじった。ただの咳であれば、喜んであるじに身を委ねただろうが、口元を押さえた手には濡れた生暖かい感触がある。
目で確かめなくても喀血してしまったのだろう。
その血に秘めた猛毒のことを思えば、彼に触れるわけにはいかない。
「…っ、は、いいから…ッアンタは離れてろ…!加減なんて出来ねえんだ、からよ…ッ!」
途切れることのない労咳のなか、必死でそれだけを言い放つが、それが良くなかったのかもしれない。ずくり、と体内になにかが差し込まれるような感覚がしたかと思うと、ごぼり、と喉元が鳴った。
「が…ッ、ぁ、は、はなれてくれ…ッ!」
ビシャリと盛大に血が零れた。ああ、この畳はもう駄目だなと考えたのは一瞬。ふと目にした東の空が白んできているのに気がつくと、鴆の声はますます逼迫し悲鳴じみたものになって室内に木霊した。
このまま、夜が明ければ、毒血に昼のリクオ…弱い命とはかない体を持った人間である彼をまみれさせかねない。
人間のリクオの身体は、毒に侵された鴆の体よりも更にはかない。
鴆の毒血に直接触れなくとも、そこから立ち上る毒の気配ですらその身を苛むのだ。
ただでさえ短い人間の寿命を、鴆の毒で削ることは赦せなかった。
「…まだ、大丈夫だ」
「何言ってやがる…!くそ、外を見てみろよ、もう東が白んできてるじゃねぇか!」
「あれは化け灯篭だ。最近やっと真面目に仕事をするようになりやがった」
「雲雀が…雀だっておきだしてきてやがる!…はやく、時間がねぇ!」
「あれは鵺だ。具合が悪いから聞き間違えやがったな」
「そんなわけ…ッ!」
鴆は鳥の眷属の妖怪である。自然、野に羽ばたく彼らにも詳しく、その声を間違えるわけがないのに。
あるじはろうたけた顔に、月のようなうつくしい笑みを浮かべて鴆の口をそっと指先で塞ぐのだ。
これで鴆の体があと少しでも動けば。その指先を振り払い、しなやかな体を突き飛ばしてでもこの猛毒から彼を遠ざけようものを。
それすら出来ない己の病んだ体に絶望感ばかりが募って唇を噛み締めた。
「…無理すんな。ただでさえ血を吐いてるってのにこれ以上傷を作るんじゃねぇよ…」
言葉に、は、と気がついた時には鴆の視界がひどく歪んだ。
強烈な睡魔に似た感覚が鴆を襲う。瞼を持ち上げるのもひどく辛かった。
「もう眠れ」
あるじの銀の髪のきらめきが目に焼きつく。銀糸を縁取る光が生まれたての陽光によるものだと鴆はわかっていたからこそ、離れてくれ、とそれだけを嘆願しながら鴆は意識を暗く深い眠りに沈めた。
意識よりも先に視界が眩んでしまったのは彼にとって幸福だった。
眠りに落ちる鴆の髪をすいたあるじの銀の髪が、柔らかな光を孕んだ金茶に変わっていたのを見ないで済んだから。
「…君の命の期限はどれくらいなのかな」
まだ少年期の澄んだ響きの声が、ポツリと呟いた。
幼げな丸みを残した指先が、己の膝に乗せた恋人の短い髪を柔らかく梳いた。
ひどく穏やかな空気。しかし余人が彼らの状況を見れば悲鳴をあげるかもしれない。白い寝具は紅く染められ、そこに横たわる男は上半身を中心にやはり血にまみれている。
膝の上に愛しげに男の頭を乗せている少年の夜着も同様に。
静かな室内は、病んだ血の香りに満ちている。
「ねぇ。君の期限は僕よりも短いのかな」
呟きながら少年の指先は男の口元に伸びて、まだそこに残る乾ききらない血を掬い取る。
体内から出た瞬間に酸化を始めるはずのその液体は、しかし未だに鮮やかに過ぎる紅い色。
途惑うことなく、少年はそれを口に含んだ。
…甘い。
そう感じた次の瞬間、込み上げるものを耐えることは出来ず少年は激しく咳き込んだ。
先ほどの男と同じ様。
「かはッ…ぐ、ふ…ッ!」
激しい波が過ぎた後、口元を覆っていた手を開いてみれば鮮血が滴り落ちて男の頬に落ちた。
紙のように白い顔をした、愛しい恋人。
「…ごめんね。辛いね…?」
必死に離れろ、と嘆願した鴆の顔を思い出す。彼の願いに反するように、少年は時折こうやって彼の体液を身に取り込んでいた。性交の際には、殊更に体内に彼の体液をほしがった。
体液の中には、毒は含まれないとわかっていてもそうせざるをえなかった。
体液に毒は含んでいないとわかっていても、それに触れさせることを躊躇う鴆が、リクオにそうさせているのかもしれない。
「ごめんね鴆くん、でも僕も辛い…。僕は殆ど人間だけれど、四分の一は妖怪だから」
どれくらいいきるものなのかわからない。
もし、君を失って、それでも生きるのだとしてもあまり長くはたえられそうにないんだ。
僕も、夜の僕も。
「でもねだったりしないから、これくらいは赦して」
何よりも、はかないからこそ貴重な己の命よりもリクオを大切に愛してくれる彼だからこそ。
リクオが本当に願っている言葉は与えてくれないと知っている。
それを鴆に口にさせることは、彼を深く傷つけるだろう。だからけして彼に願うことはないのだけれど。
「守ってあげるって言っちゃったからなあ…先走っちゃったよね夜の僕」
溜息。その決意は嘘ではないけれど、少しだけ後悔している。
「わがまま、言えなくなっちゃったし。聞いてあげるだけになっちゃった。だから、鴆」
眠る瞼に口づける。ひどく冷たいような気がして、泣きたくなってしまう。
「連れていってなんていわないけどね」
でも約束の期限は、君の命の期限まで。
だったら。
「僕を殺すのは君の毒」
それですぐに追いかけていくから。
少しずつこうやって毒を取り込んで、君への想いを募らせるみたいに。
「結局は君を傷つけるのかな」
弱る己を、鴆は見ることになるのかもしれない。
彼より先に命を終えるつもりはないけれど、完璧に欺ける程彼も甘くはないだろう。
「まあ、でも。守るって約束したのは夜の僕だし…。多少はね」
嬉しげに呟く詭弁、眠る彼が聞いたら怒り狂うだろう。
「恋人なんだからさ、君も。少しくらいは譲歩してね。…辛いだろうけど」
好きだったら、耐えて。
僕と同じくらいに。
「僕の命の期限は、君が決めてね」
大好きだよ。
溶けるように微笑んで囁いた。
恋人は眠っている。
ヘタレ鴆と男前リクオ…の…つもり…だったんですが…。ぎ。玉砕ってこういうことをいうんだよNE★
どうにもこうにもリクオさんが後ろ向きに前向きでどうしよう…。因みにこのお題シリーズのおふたりはそれぞれ別個設定で(笑)
なんにせよ、鴆が不幸なきがしま…す…!っていうかリクオさん中二び(ry)
…実際中学生ですけど、ね…!!!!